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「あ~あ、わたしもアリエッタちゃんと一緒に寝たいん」
「今日だけは、アリエッタちゃんも疲れてるから我慢するの。それにあの子に名前も教えてない仲なの」
パフィの実家の風呂場で、サンディとシャービットがアリエッタについて話している。実の家族よりも優先度が高い様子。
「たった2日でアリエッタちゃんの心をガッチリ掴んで、お姉ちゃん達にはあの子を置いて帰ってもらうん」
「ママももちろん手助けするの。娘を増やして、一緒に可愛がるの」
優先度どころか、もはや奪って追い出す勢いである。
母と妹によるアリエッタ奪取の作戦会議は、この後シャービットがのぼせるまで続くのだった。
一方パフィの部屋でも、アリエッタをめぐって争いが起こっていた。
「パフィはソファで寝るし。今日はボクがアリエッタと一緒に寝るし」
「そうはいかないのよ、ここは私の部屋なのよ」
「アリエッタと一番仲が良いあたしが離れるなんて、ありえないでしょ」
小声でにらみ合うミューゼ、パフィ、クリムの3人。アリエッタと一緒に寝る権利を、真剣に奪おうとしている。
ちなみに争いの火種であるアリエッタは、ふわふわもこもこな姿で夢の中。そんな可愛い眠りを邪魔しないという気遣いだけは忘れない3人。そういう所は、保護者としては立派である。
「ボクだってこんな可愛い生き物と一緒に寝たいし。今夜のところはとりあえず譲ってほしいしっ」
明日は実家に泊まる事を必死に主張し、めでたく1人目の添い寝権をゲットした。残るはパフィとミューゼの一騎打ちとなる。
「ミューゼ、ここは私の実家なのよ。まずは言う事を聞くべきだと思うのよ」
「それは関係ないでしょ? そんな事言ったら、今住んでる家は元々あたしのお婆ちゃんから貰った家だし、家主の言う事を聞いた方がいいと思うよ」
「だったら私の方が年上なのよ。お姉ちゃんの言う事は──」
「あたしももうシーカーだからね。年齢とかじゃなくて一人前の大人として対等に──」
「そっ…それでも年上は敬わなきゃいけないと思うのよ」
2人の不毛なマウントの取り合いは続き、既にクリムは添い寝しながら完全に放置している。
口論では埒が明かないと思い、ここは簡単なゲームで決める事にした。
「よーしこうなったら、いつもので決めるわよ」
「絶対に負けないからね」
(……まさか、アレをやるし?)
この3人の間には、今回のように揉めた時、とあるルールで決め事をするという約束がある。それを決行することにした。
荷物を漁り準備を済ませたパフィとミューゼ。お互い深く…深く深呼吸をして、真剣な顔で睨み合う。そして互いに背を向けた。
「2人とも、大声は禁止だし」
「もちろん」
「分かってるのよ。合図だけお願いなのよ」
寝ているアリエッタを気遣いながら、顔に手を添える。誰に向けるでもないその瞳には、歴戦の猛者を思わせる程の鋭い光と意志の強さを宿している。
(ラーチェルなアリエッタと添い寝!)
(譲れない戦いなのよ!)
ラーチェルとはファナリアに生息する長い耳とモコモコな毛皮を持つ動物で、丁度今アリエッタが着ている服のモデルとなった、愛玩動物である。
2人ともそんなアリエッタを早く愛でたくて必死なのだ。
後ろ向きで構えた2人は、クリムの合図を待った。そして……
「息吸って~……」
背を向けたまま思いっきり息を吸い、
「がん…」
緊張が走る。
「めん…」
力を込めて……
「ショー!」
お互い振り返った!
『………………』
ほんの一瞬の沈黙。しかし勝敗はすぐに決した。
「……んふっ」
「ブッ!?」
「! やっ……たっ」
緊張を解き、勝利を収めて拳を突き上げたのは、ミューゼだった。顔を見せ合って我慢する2人の横で、クリムから笑い声が漏れて、それをきっかけにパフィが噴いてしまったのである。
「ちょっと! 今のクリムのせいなのよ! やり直しを要求するのよ!」
興奮しているが、アリエッタを起こさないように小声で叫ぶあたりが偉い。しかしそんな気遣いに満ちた抗議もクリムによって拒否される。
「周囲の音に耐えるのも勝負のうちだし。あー面白かったし」
「うぐぐ……くやしいのよ……」
この勝負のルールは、
・「がんめんショー」の合図とともに、振り向いて『変顔』を見せ合う
・息をしたら負け
・相手の顔を見続けなければ負け
・外的要因によって笑った場合でも負け
・故意に体に触れるのは反則負け
つまり、アリエッタの前世で言うところの「にらめっこ」だった。その名も「顔面ショータイム」。ちなみに今回は審判がいたが、いない時は「ショー」をみんなで言いながら振り向いて息を止めるというルールになる。
「水の魔法で鼻水びろーんするミューゼの面白い顔で耐えられなかったのに、クリムの笑い声に釣られたのよ……」
「あたしも危なかった~、アホ面でナイフとフォークをヒゲにしてピクピク動かすんだもん。クリムの声で決壊寸前だったよ」
完全に乙女崩壊現場である。人に見せられる光景ではない。当人達はアリエッタにも見せたくないと思っている。
こうしてアリエッタと一緒に寝る事になったミューゼとクリムは、両側からもこもこの少女に顔を寄せ、撫でながら幸せそうに眠りについた。
その傍らで、ベッドの横にあるソファを使って1人で寝る部屋主のパフィ。眠る前も、眠っている間も、悔しそうに布団を噛み続ける。ラスィーテ産の布団なので、当然食べる事も出来る。その為、起きる頃には少し減ってしまうのだった。
窓から朝日が差し込み、ゆっくりと目を開ける小動物姿のアリエッタ。起き上がろうとしてすぐに、自分の置かれている状況に気付く。
「……へっ?」
いつもと違う服、いつも通り自分を抱き寄せる腕、体を包む柔らかい感触、目の前にはクリムの寝顔。
(近い近い近い近い!! なんかいつもより近いよ! くっつきそうだよ!)
内心慌てるが、そこはいつもの事なので、急には動かず静かに体をひねる。せめて変な事故が起こらないようにと、方向転換するつもりである。しかし、
──ぷにゅ
(…………ん?)
振り向いた先にあったのは、後ろから密着していたミューゼの顔。しかもクリムの時よりも近い。寝起きの頭で頑張って状況を確認するアリエッタ。
(え? なんか口に柔らかいのが当たって……えっと…まさか…………)
気付かれないようにと、そ~っと顔を離すと、アリエッタの予想通りの位置に、ミューゼの口があった。
「あ……ぅ……ぁ……」(うわわわわわ! 今の絶対、口と口が……どうしようみゅーぜに怒られる!)
恥ずかしさや嬉しさよりも、ミューゼに悪い事をしたという意識が先行したアリエッタは、動けないまま大慌て。そのまま凍ったように動きを止めた。
次の瞬間、目の前のミューゼが目を開けた。
「ん……」
(!?)
目が合って、アリエッタの緊張は最高潮。そんなアリエッタに向かって、ミューゼは頬を撫でてゆっくりと微笑んだ。
「おはよう、アリエッタ」
「お、おはよ……」(なんで笑った!? もしかしてさっきのバレてる!? いや絶対バレたんだ、アレで起きたんだ! みゅーぜ怒ってるよぉ!)
突然の笑みに驚いて、盛大な勘違いをするが、もちろんミューゼはその事に気付いていない。いつも通りに朝の挨拶をしただけである。
(朝から目が幸せだわ。ラーチェルなアリエッタ最高! サンディさんありがとう!)
(ごめんなさい許してください何でもしますからそんなに怖い笑顔を向けないで)
恐怖のあまり、せっかく覚えた謝罪を口に出せないアリエッタ。目を逸らすと怒られるかもしれないという、説教中のような思い込みが、さらに動きを止めていた。
今日は絶対にミューゼに従おう…と、堅く心に誓ったところで、突然ミューゼが密着してきた。
「みゅ、みゅーぜ!?」
「きゃー♪」
「ボクも混ぜるし、見つめ合うなんて羨ましいし」
「くりむ!?」
密着したと思ったら、後ろからクリムがアリエッタをミューゼごと抱き締めていたのだった。そのせいで、もこもこアリエッタは2人にやわらかサンドされてしまっている。
「はぁ〜しあわせ……」
「ふわふわだし〜……」
(ま、まさかくりむにも見られて……ひぃぃ)
3人とも気付いていなかった。恐怖と幸福が入り混じるその横で、嫉妬のあまり、ボロボロになった布団をさらに噛みちぎりながら、血の涙を流す者がいることを。
「クゥ〜リィ〜ムゥ〜……ミュゥ〜ゼェ〜……」
地の底から響くような声が聞こえ、ベッドの上の3人が、ビクリと体を震わせる。
(パフィの事忘れてたし……)
(うわぁ、悪魔より凄い顔になってるよ。調子に乗りすぎたかも!)
(凄く怒ってる…もしかしてぱひーにも見られたの!? あわわわわ)
苦笑するミューゼとクリム、怯えるアリエッタ。その3人に、我慢の限界を超えたパフィは、思いっきり叫んだ。
「早く私もモフモフスリスリしたいのよぉぉぉぉ!!」
『ごめんなさぁぁぁい!!』
嫉妬に狂った心の底からの絶叫と、3つの意味の謝罪の言葉が、朝のムーファンタウンに響き渡ったのだった。