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「それじゃあクリムちゃん、ご両親によろしくなの」
「はーい。総長よろしくだし」
「うむ。では行くぞ」
朝食の後、クリムはピアーニャとロンデルに連れられ、町の外れからポンドダウンへと出発した。
パフィの家族を含む5人は、クリム達を見送り、そのまま買い物へと繰り出す予定である。
「さぁパフィ。これからアリエッタちゃんの為にいろいろ買ってあげるの。何が良いの?服でも食べ物でも装飾でも部屋でもベッドでもなんでもいいの。私が責任もってお世話するの。そうすれば待望の3人目だしシャービットにも妹が出来るし可愛い子も増えるしとってもハッピーなぶゅっ」
「落ち着くのよママ、アリエッタとミューゼが驚いてるのよ」
パフィは母親の頬を両手で押さえ、マシンガントークを阻止した。そんなやり取りをアリエッタは呆然と見つめている。
(すごい勢いで喋ってるけど、外人みたいな感じなのかな? 単語とか文法で字数が多い国ってあったからなぁ。ってことは、ここは別の国? でもみんな普通に喋ってると思うけど……う~ん?)
言葉が分からないアリエッタには、言葉の違いも当然分からない。どうせ分からないからと考えるのを止め、なんとなくミューゼを見上げてみる。
「ん? どうしたの? 今から何するのか気になるのかな?」
「今から買い物に行くん。アリエッタちゃんにはどうやって教えるん?」
アリエッタに興味津々のシャービットが、昨晩の分も仲良くなろうと、意思疎通を狙い始める。
しかし、どうやったら意思疎通を出来るのかと思っているのは、ミューゼも同じである。
「教えるなんて出来ないよ。アリエッタはどこに行くにも一生懸命ついて来るから、目を離さないようにして世話してあげるの」
「なにそれ可愛いん……」
「でしょ~」
アリエッタが可愛いと言われ、嬉しくなって頭を撫でるミューゼ。
いきなり撫でられ少し驚くアリエッタだったが、なんとなく幸せな気分になり、照れながら笑顔になる。そしてその笑顔を直視したシャービットは、ミューゼの陰に隠れ、胸を押さえて息を荒らげた。
「はぁ…はぁ……なんなん……すっごいドキドキするん……これが恋? もしかしてわたし、大人の階段登ってるん?」
「その気持ちはよく分かるけど、たぶん違うと思うよ」
(?)
違うと言われながらも、やっぱりアリエッタと仲良くなりたいシャービット。どうやって姉から奪おうかと考えたが、まだ名前すら教えていない事に気づき、焦り始める。慌ててサンディとパフィの元に向かい、その事を伝えた。
「名前なのよ? そういえば教えてないのよ。ちゃんと紹介しないとなのよ」
「よろしくなの」
「はやくするん!」
まだ人が少ない通りで、パフィとミューゼは2人の名前をアリエッタに教えていく。人や物の名前を教えるのは、もうすっかり慣れていた。
「さん…でぃ……」
「うんうん」
「しゃー……」
「シャービット」
「しゃーびっと……しゃーびっと……さんでぃ……」(お姉さんがさんでぃ、妹さんがしゃーびっと。きっと、ぱひーの姉妹だからちゃんと覚えないと)
若く見えるお陰で、完全にパフィの姉だと思われているサンディ。本人が知ったら喜びそうだが、あいにくアリエッタから伝える手段は無い。
たどたどしく自分たちの名前を覚えようとする美少女を見て、眩しい物をみてしまったかのように手で顔を覆い、ふるふると震えていた。
なんとなくこうなると分かっていたパフィとミューゼは、この後の事を考えて、内心アリエッタに謝っていた。
(ごめんねアリエッタ。これから貴女の服を買いに行くの。きっと前みたいな目に合うけど、お詫びに可愛くしてあげるからね)
(終わったら沢山褒めて、美味しい物を食べさせてあげるのよ。せめて夜は好きにお絵描きでも何でもさせてあげるのよ。)
買い物という名の着せ替え地獄に行く事を知らない本人は、パフィの家族の名前を憶えてご満悦である。
ムーファンタウンはシュクルシティに比べて小さい。とはいえ、シュクルシティと行き来するなら数日かかる事、クリムが向かったポンドタウンをはじめ、1日で移動出来る距離に別の小さな町がいくつかあるという立地条件、そして本人の自覚は薄いが『食天使サンディちゃん』という存在もあって、周囲から人が集まり商店街がある程には活発な町である。そして現在、アリクルリバーが渡れないという事件が起きた事もあり、川を渡れない人々が多く滞在し、その結果商店街に多くの人が行き交っていた。
「本当に人が多いのよ。まぁそれも直に解決するのよ」
「橋が出来るまでは賑やかなの」
のんびりと商店街を歩きながら、町の様子を眺めて行く。人が多い為、町の警備をする兵隊が多めに歩いてはいるが、特に危ない事も起きていないという。ラスィーテというリージョンは、悪魔に関する事以外は平和そのものなのである。
パフィとサンディが話しながら歩くその後ろでは、アリエッタがミューゼとシャービットに手を繋がれて、仲良く歩いていた。
(人がいっぱいだ。どこに行くんだろう?)
「あ、見えてきたん。あのお店なん」
「可愛いお店ね~。でもそんなに沢山はいらないからね?」
「心配しないでいいの。私もアリエッタちゃんのママになりたいの」
「答えになってないのよ……」
アリエッタの新しい服を購入する気満々のサンディ。
店の前でうっかりショーウィンドウを見てしまったアリエッタはというと……
(まさか……まさか……ここって服屋なの!? もしかしてここに入るの!?)
ついにこの後の運命を悟ってしまった。
脳裏に浮かぶのは、ニーニルの商店街にある服屋『フラウリージェ』で、自分の身に降りかかった着せ替え地獄である。
「みゅ…みゅーぜ……ぱひ……ぱひー? ぱひー!?」(あれ!? ぱひーどこ!? ぱひー!!)
その事がトラウマになっているアリエッタは保護者に助けを求めたが、いつの間にかパフィの姿が無かった。
震えながら自分を見上げる姿を見て、ミューゼは可哀想と思いながらも、もっと可愛がりたいという欲求に支配されていく。
「アリエッタ、大丈夫。怖くなんかないからね。放心しちゃったらその間に終わらせてあげるからね」
既に店内で滅茶苦茶にされて、放心するところまで決まっている様子。怯えるアリエッタを抱きかかえ、パフィが抜けた一行はとってもファンシーな服屋へと入っていった。
一方アリエッタにバレないように、こっそりと離れたパフィ。実はロンデルに頼まれていて、橋が流れた事による影響の調査へと向かっていた。その後に、アリエッタの好きそうな食べ物を買っておくつもりでもある。
「まずは警備隊から聞き込みなのよ。総長達は夕方までには帰ってくるし、基本的なところは終わらせておくのよ」
やってきたのは警備隊の施設。ムーファンタウンの平和を維持する組織である。パフィは小さい頃からここへよく遊びに来ていた為、何の気兼ねも無く中へと入っていった。
「お邪魔するのよー」
「はいはい~…おや、パフィちゃん。久しぶりだね」
「久しぶりなのよ、モルコ伯父さん」
顔を合わせたのはパフィの伯父で、父親であるマルクの兄のモルコ。太ってしまったマルクと違って、引き締まった体をしている。
「今日は里帰りかい? もしかしてマルクの事を聞いて?」
当然ながら、自分の弟が攫われた事も把握している。しかしラスィーテの住人は悪魔に対して無力な為、どうする事も出来ずに日常の警備に勤しんでいた。
「その事で報告があるのよ。それと知りたい事もあるのよ」
「ふむ? 分かった。部屋で聴く事にしよう」
姪であるパフィを気遣い、個室へと移動する。そこでパフィはまず、父マルクの現状とその経緯を話した。
聴取を終えた時には、モルコの肩からドッと力が抜けていた。
「はぁよかった……まさか悪魔から助けられるなんて事があるとは。パフィちゃん世話になったね」
「私のパパだし当然なのよ。助けられたのは運がよかったのよ。でも、もうシーカーからは手を出せないみたいなのよ」
「どういう事だい?」
「私も詳しくは教えてもらえなかったのよ。でも悪魔とそういう約束になったらしいのよ。太らなければ問題ないから、これまで通りに徹底しろって言われたのよ」
「ふ~む……何か事情があるのか。分かったよ。教えてくれてありがとう」
続いて橋が流れた事による町の状況を確認する。
最初は混乱した人々が押しかけてきたが、川に近寄れないという状況は押しかけた本人達が経験してきたお陰で、簡単に宥める事ができた。しかも、川の上流は悪魔がいるとされている場所だった為、ラスィーテの住人は強く出る事が出来ない。その為、すぐに混乱は落ち着き、町の雰囲気は少々落ち込んだものの、平常通りに暮らす事が出来ていた。
「それじゃあ、橋が元通りになれば、すぐに解決するのよ?」
「そうだよ。そういえばパフィちゃんはどうやって来たんだい?」
「シーカーの総長に空経由で連れてきてもらったのよ。パパを助けた時に川の問題も解決したから、今は橋の工事が始まってるのよ。様子見に行っても大丈夫なのよ」
パフィからの朗報に、モルコは思わず立ち上がって喜んだ。
「そうか! 重要な情報をありがとう! 早速人を手配しなければ! 他に今聴きたい事とかはあるかい?」
「もう大丈夫なのよ。知りたい事は全部分かったのよ」
パフィはモルコにお礼を言い、警備隊を後にした。
「思ったより早く終わったのよ……アリエッタは大丈夫なのよ?」
ピアーニャに報告する分には十分な情報は得たが、今すぐに戻ってしまったら、なんとなくアリエッタに嫌われる気がした為、昼食は何が良いか考えながら、念のため住人や他の町の人からも心境などを調査する事にした。
一方のアリエッタはというと……フラフラになりながら、2件目の服屋で着せ替え人形にされていた。
(たすけて……ぱひー……どこぉ……)
「これなんかいかがでしょう!」
「キャーかわいいお姫様みたい!」
1件目の最初から何度も心が折れ続け、無表情になるも、ミューゼが抱いて撫でる事でなんとか意識を保っている。しかし、時々疲れた表情を見せると、それが儚い雰囲気として捉えられ、店員を含む全員が暴走することになってしまった。その中でもミューゼだけが、心の中で謝り続けていた。
(ごめんねアリエッタ……でも止められないの。こんな可愛いのを見逃したら絶対後悔しちゃう)
興奮しきった野獣の巣での試練は、この後もまだまだ続くのだった。