私は気を取り直して「お邪魔します」と助手席に乗り、シートベルトを締めつつ言う。
「学生の時、従兄が乗っていた車にフカフカのマットが敷いてあって、靴は脱いでトレーに入れないといけなかったんです」
「なるほど。俺は普通に土足」
そう言って尊さんはアクセルを踏み、静かに車を発進させた。
「…………へへ……」
私は彼が運転している姿をチラッと見て、ニヤニヤする。
「何だよ」
「運転してるのカッコイイから、動画に収めたいです」
「金取るぞ」
溜め息混じりに言われ、私はケタケタと笑う。
尊さんは、すっかり暗くなった道を運転しながら尋ねてきた。
「実家、大丈夫だったか?」
「はい。ありがとうございます」
彼には事前に、二十九日は実家に顔を出してから行くと伝えていた。
私が行くまで家でのんびり待っていれば良かったのに、尊さんはこうして気に掛けて迎えに来てくれた。
その気遣いが嬉しくてお礼を言ったけれど、彼はやっぱり恩着せがましい事を言わなかった。
「年末に必ず食ってる物とかある? 寿司とかすき焼きとか」
「何でもいいですよ。強いて言えばお寿司はさっき食べました」
「マジか。明日の夜は寿司を予定してたんだけど」
「いえ、美味しい物なら幾らでもいけます」
キリッとして言ったからか、彼は無言で笑った。
「何か用意してくれているんですか? 私、ノープランでした。ぶっちゃけ、尊さんと過ごせるならコンビニ弁当でもいいです」
「いや、家政婦さんが張り切って色々作ってくれてるから、念のため希望を聞こうと思って」
「家政婦さん!」
あまりにブルジョワな発言に、私は声を上げる。
「自分でも料理はするけど、大体疲れて帰ってくるからやってもらってる。掃除はまた別の代行業者」
「へぇぇ……。プロのご飯なら絶対美味しい」
「美味いと思うし、バランスもいいよ。お陰で健康優良だ」
「めっちゃ元気ですよね……」
ボソッと呟くと、彼が小さく笑う。
「美味いもん、たんと食わせてやるから期待しとけよ」
「楽しみです!」
元気よく返事をした私は、「大切にされてるな」と思ってジワッと頬を染める。
「…………あんまり私を甘やかしても、いい事ありませんよ? 調子にのりますよ?」
私は尊さんと年末年始を過ごせるのが嬉しすぎて、ニヤニヤしながら憎まれ口を叩く。
「そう言いたくなるの分かるけど、もうちょっと素直になれよ」
「え?」
ツンとして可愛くなかったかな、と思って心配になったけれど、そうじゃなかった。
「朱里は学生時代、周りの人をあまり寄せ付けなかっただろ」
「……はい」
まじめな話になり、私は膝の上で手を組んで頷く。
「でも、本当に『彼氏と親友さえいれば構わない』って思ってた訳じゃないんだよ。お前は本当は寂しがってた。でも誰かに指摘されても、『大丈夫』と否定していただろう。……そうしないと、〝孤独でも平気な強い自分〟を保てなかったからだ」
言われて、ほんの少し胸が痛んだ。
尊さんが言う事はすべて図星だったからだ。
今は社会人になって自由を得て、尊さんと出会えた事もあり、かなり心がオープンになっている。
長年付き合っていた昭人とも別れ、学生時代から引きずっていた感情を、ほぼすべて手放した。
だから彼に〝本当の事〟を言われても、ムキにならず素直に受け入れられている。
「最初のうちは色んな人から誘いを受けただろう。でもお前は断り続けたんじゃないか? 『群れて行動して、皆でキャッキャと楽しく過ごしたくない。父親を喪って悲しんでいる自分は周りとは違う。自分は本当の悲しみを知っているし、子供っぽい付き合いはしたくない』…………『楽しんではいけない』って自分に呪いを掛けていたと思う」
私はギュッと唇を引き結ぶ。
「お前は性格悪くないし、単に付き合いが悪かっただけだと思う。でも周りは〝孤高の上村さん〟に対して〝何か〟言っていたはずだ。それを聞いてしまった時、お前は傷付かないように自分を守った。その結果、傷付くのを怖れて、『私はどうせこうだから』と自分に言い聞かせ、納得させていた」
彼の言葉を聞いていると、心の奥まで手を入れられ、自分でも気づいていなかった一面を引っ張り出されているような気持ちになる。
「だからお前は自分を語る時に、ほんのりネガティブなエッセンスが加わるんだよ」
言われて、深く納得した。
「気持ちは理解する。でもいい加減、幸せになる覚悟を決めろよ。自分を卑下せず、俺に愛されて幸せなら、自分をもっと好きになってやれ。……って言いたかったんだ」
「っ~~~~」
心底私を思いやってくれる言葉に涙ぐんだ私は、慌てて目を瞬かせて涙を誤魔化す。