「あ、秘書さん」
「今日も綺麗すっねー」
太陽が昇り始めた早朝。
いきなり過ぎるほど直ぐに
持ち前の軽薄さを発揮する
俺の部下。
コーヒーを手に持っていたことも忘れ
大きなため息が漏れる。
湯気が広がり視界が曇る。
「あ、先輩 」
すると曇った視界の隅から
不意打ちで彼の声と顔が覗く。
「おはようございます」
ニコという効果音がつきそうな笑み。
いつも通りの彼に
安心と不満という
両極端な感情が浮かぶ。
「ああ…おはよう…」
やはり俺は彼のように
器用では無いようだ。
複雑な感情を隠すことも出来ず
伏し目がちな挨拶をした。
「ああ、そうだ」
彼は周りの視線を集めるように
少し大きめな声を上げた。
そして俺に向かって
昨日と同じように
忍びげな足で歩いてくる。
「もちろん、
先輩が一番綺麗ですよ」
俺の耳元へ顔を近づけ、
周りからの視線にスリルを
感じているような悪戯な笑みと声で
囁いた。
「…ッ」
そのセリフと顔と声が擽ったくて
俺は耳を彼から遠ざける。
もちろん俺は
紅潮していく顔を止められない。
「…いいからっ
早く仕事はじめろ」
そう言うと彼はにやけ顔を
残しながらもあっさりと
自分のスペースに戻っていく。
しかし俺の頭の中はそう直ぐに
切り替えられるものではなかった。
昨晩から、
俺の鼓動は激しく波打ったまま__。
「もしかしてキス、
慣れてないんですか?
かわいいなあ」
硬い唇が重なり合って、
俺が不格好な顔と声を見せた時、
彼はそう云って俺に笑みを向けた。
「別に…そういう訳じゃ…」
嘘の否定をし取り繕うとするが
唇に残った感触が邪魔をして
上手く声にならない。
「ばればれです」
彼は追い討ちをかけるように
俺の肌に唇をうちつけて行く。
耳朶。首筋。
その感覚全てが新鮮で、
繊細に俺の体がキャッチしてしまう。
頬は灼けるように熱く、
舌は溶けるように力が入らず、
ただ声と体が震える。
「 どこまで行きましょうか
先輩?」
そうして彼の舌が
俺の歯へ触れようとした。
「…ス、ストップ…」
俺は思いがけず、
そう声を出す。
「どうしました?」
彼は嫌がる様子は見せず、
依然額には笑みを見せる。
「俺は、もっと…」
「適度な恋愛がしたい。」
手を繋いで隣同士歩いて。
時々キスをして。
仲が深まったら、そういう行為をして。
三十路にもなって、
男相手に、こいつ相手に、
そんなことを言うなんて、
馬鹿だろうか。
男しか好きになれなくて、
そんなもの受け入れてくれるはずが無くて、
ひとりぼっち。
青春を全部置いてきてしまった俺の、
願い。
だって君は…
初めて俺に好きだと
言ってくれた人だから。
「……。」
俺の幼い心打ちを見るように、
彼の綺麗な瞳は俺を捉えていた。
「いいですよ。」
待っていた肯定の返事は、
思ったより簡単に聞くことが出来た。
「言ったでしょ?
俺は先輩がずっーと前から好きだって。 」
「大切にしたいに決まってる
じゃないですか。 」
彼のその言葉を皮切りに、
俺たちは、最後に
たった一秒の、
一番初心な、
口付けを重ねた。
おまけ↳
最近、
目で追ってしまう人がいる_。
私はこのオフィスの部長秘書。
ここはいわゆるブラック企業
というところで、
部長からはパワーハラスメントに
近いものを受けたりもしている。
化粧でも誤魔化せないほどに、
日々濃くなっていく隈や皺。
そんな私を、
綺麗だと言ってくれる人がいる。
「今日も綺麗っすね」
漫画の世界から出てきたような
端正な顔立ちと軽薄なキャラ立ち。
彼の行動は、
私を魅了させた。
「もちろん、
先輩の方が綺麗ですよ」
私の同期、こちらも端正な顔をした
ここの主任。
元よりの地獄耳で
彼から主任へのこのセリフが
聞こえた。
(佐崎くんと…小松原くん…?)
(なんで…)
(なんて尊い…!)
××株式会社部長秘書、佐々木。
腐女子。
(まさかこんな漫画のような
二人の恋を見れるなんて…!)
私が魅了された、
どう見てもBL漫画で攻めである彼。
そんな彼から、
これからも目が離せそうにない。
辛いことの方が多いこの仕事場。
でも、
(しばらくは頑張れそうね)
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コメント
18件
口角飛んで言ったんだけど💢💢💢💢💢どうしてくれるの‼️‼️‼️