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第三章:塔
翌日、ふたりは再び歩き出した。
険しい森を抜けさらに谷を越え、ついに塔にたどり着いた。
それは、霧に包まれた山の中に、静かにそびえていた。
まるで世界から忘れられたように、冷たい岩肌をさらし、空へと伸びる無骨な塔。
「……ここ、が……」
ルナが息をのむ。
塔の表面には、古代語でびっしりと刻まれた文字が浮かび、淡い青い光を放っていた。まるでそれ自体が生きているかのように、魔力の気配を拒絶し続けている。
「なんか……すっごく……嫌な感じ……」
「嫌な感じ?」
ヒイロの問いに、ルナはこくりと頷いた。
「なんか…魔力が押し変え返されてるような…?」
彼女の魔力は、塔に近づこうとするたびに痛みとともに弾かれていた。肌が焼けるような感覚。明らかに「魔女を拒む力」だった。
「……ヒイロはなんともないの?」
「う、うん…」
「じゃあさ…少しだけ見てきてくれない?」
ヒイロはコクリと頷くと塔の前に、むかった。
塔の前面には何か文字が書かれた石版のようなものがあり、その中心に手のひらのような形をしたくぼみがあった。
「ここに…触ればいいのかな」
ヒイロが手を当てた瞬間、青白い光が広がり、塔の周りの歪んだ空気が消えた。まるで結界が解けたかのようだった。
ごぉぉぉぉん……!
低く、腹に響く音。塔の中枢が目覚める音。
そして、塔の足元から、何かが這い出てきた。
「……ゴーレム?」
石と金属でできた巨人のような存在が、重い音を立てて現れる。
その瞳には命など宿っていない。ただ“塔を守る”という命令だけを刻まれた存在。
それが、ヒイロに向かって拳を振り下ろす。
「下がって、ヒイロ!」
ルナの杖が閃いた。火球が放たれ、ゴーレムの胸部に直撃する──が、びくともしない。
「硬……っ!」
ゴーレムが再び振りかぶる。ヒイロは転びそうになりながらも横に飛び退く。
ルナは焦りとともに魔力を練る。
──逃げちゃダメ。壊さなきゃ。壊さないと、“魔女”になれない。
「……っ、お願い、燃えろぉおおおおお!!」
叫ぶように放った魔法は、爆炎となってゴーレムの内部に突き刺さる。
破砕音。揺れる地面。ゴーレムの躯体が崩れ、塔の守りが失われていく。
それは戦いの終わりだった。
だが──
「ルナ、手……血が」
「あ……」
ルナの手は震えていた。魔力の制御に失敗したのか、手のひらは焼け、血が流れていた。けれど、なぜだか
心が痛かった。
たとえ敵であっても、自分が“壊した”という感覚。
そこに宿っていた意思などなかったはずなのに、それでも罪悪感のようなものが胸に残っていた。
「ヒイロ……これで、合格に近づいたのかな……?」
ルナの声は、どこか遠くを見ていた。
塔の中央に刻まれていた魔法陣が崩れ、青白い光がゆっくりと消えていく。
空が一瞬だけ、黒く揺らいだ気がした。
それは、世界のバランスがひとつ、狂った音だった。