テラーノベル
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「これ、100万円だ。……なんとか工面した」
翌朝、健一が震える手で差し出したのは、厚みのある封筒だった。
かつて私が「新しい炊飯器が欲しい」と言ったときは
「まだ使えるだろ」と一蹴した彼が、自分の身を守るため
そして「ナオミ」との未来を維持するためには、これほど容易く大金を用意する。
「ありがとう、健一さん。責任を持って、弁護士の先生に渡しておくわね」
私は慈愛に満ちた手つきでそれを受け取り、即座にクローゼットの奥の「秘密の金庫」に収めた。
これで、私の自由への軍資金はまた一歩、潤沢になった。
健一は自宅待機という名の「死刑宣告待ち」の身。
彼は一日中、リビングのソファでスマホを握りしめ
ナオミからの返信を待ちながら、時折入ってくる会社からの呼び出し連絡に怯えていた。
そんな平穏を破ったのは、激しいインターホンの音だった。
ピンポーン!ピンポーン!!
「……っ、里奈か!?あいつ、家まで来やがったのか!?」
健一が悲鳴に近い声を上げて立ち上がる。
私は冷静にインターホンのモニターを確認した。
そこに映っていたのは、かつての華やかさはどこへやら
マスカラが剥げ落ち、鬼のような形相をした里奈だった。
「開けなさいよ!私だけ会社クビになるなんて納得いかないわよ!!」
どうやら里奈は、不倫の証拠を自らバラした代償として、真っ先に「懲戒解雇」を言い渡されたらしい。
捨て身の女ほど恐ろしいものはない。
「奈緒、俺、あんな女知らない!警察呼んでくれ!」
「あら、警察なんて呼んだら余計に騒ぎになるわ。……私が話してくるわね」
「えっ、お前が!?」
驚愕する健一を背に、私は迷わず玄関の扉を開けた。
「……何の用かしら、里奈さん?」
目の前に現れた「サレ妻」の、あまりの神々しさと落ち着きに、里奈は言葉を失った。
彼女が想像していたのは、泣き喚くか、疲れ果てて老け込んだ哀れな妻だったはずだ。
けれど、そこに立っているのは
最新のスキンケアで陶器のような肌を手に入れ
自分よりも遥かに洗練されたオーラを纏った「美しい女」だ。
「あ…あんた、奥さん……?」
「ええ。健一から話は聞いているわ。彼、あなたのことを『頭のおかしいストーカーに絡まれて迷惑している』って言っていたけれど」
「はぁ!?ストーカー!?あいつ、私に結婚しようなんて言ってたのよ!!」
里奈の怒りの矛先が、一瞬で健一へとスライドする。
私はわざとらしくため息をつき、彼女に耳打ちをした。
「……わかるわ。彼ってそういう人なの。ねえ、立ち話も何だし、少しあっちで話さない?彼には内緒で、あなたが一番有利になる『復讐の方法』を教えてあげるから」
里奈の目に、疑念から共犯者への期待が混じる。
私は、彼女を近所のカフェへと誘導した。
家の中では、健一がガタガタと震えながら
妻が自分を守ってくれていると信じて疑わずに待っている。
けれど、カフェの席で私が里奈に手渡したのは
健一がナオミに貢ごうとしていた「100万円の領収書のコピー」だった。
「……これを見て。彼は今、別の女に乗り換えようとして、あなたのことを切り捨てようとしているの」
里奈の顔が、どす黒く染まっていく。
「殺す……あの男、絶対に許さない……!!」
里奈の導火線に、私は再び火をつけた。
しかも今度は、より確実に、健一の心臓部を狙って。
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#大人ロマンス
#サレ妻