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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「ひげーー、ひげーー、にく太郎ーー!!」


お咲の高音が伸びる。


わああーーと、観客の歓声は鳴りやまない。


そこへ、ボン!という音と共に白い閃光が放たれた。


「はいはい!お咲!そのまま、唄っておくれよっ!」


二代目が、洋装姿の二人組を連れて現れた。


一人は手帳に何か記し、もう一人は、カメラで写真を撮っている。


その様子に、新聞記者だとピンときた観客達から、ざわめきが起こった。


日曜日の退屈しのぎに、ちょいと顔をかしてくれ。そんな言葉で二代目に集められていた客達は、新聞記者の登場という、大がかりな仕掛けに、驚きを隠せない。


お咲は唄を止め、眩しそうに目を細めている。


「お嬢ちゃん!気にしないで唄っておくれ!」


カメラを手にする男が、自分の役目を果たそうと叫ぶ。


戸惑うお咲を何とかせねばと、中村が、弓を引き適当にバイオリンの音を流しお咲を唄わせようと試みる。


「お咲ちゃーん!」


「にくにく!」


「ひげ太郎!」


観客も乱入に近い珍客から、お咲を守ろうとばかりに、励ましの掛け声と拍手を送った。


「お咲!」


舞台の下からの兄の声に、お咲は、はっとして、


「おに太郎ーー!!にぎにぎにぎにぎおに太郎!!」


再び軽やかに唄い出す。


「げっ、ますます訳のわからんやつだよ……」


中村は、お咲きの弾けぶりと観客の声援に肩をすくめると、手におえないとすごすご舞台を下がった。


幕の裏からのピアノは、とっくに止まっている。もう、自分の役目はないだろうと中村も見切った様だった。


「あら、中村さん、よろしいの?」


舞台裾でお咲を見ていた芳子が、引き下がってきた中村へ言葉をかけた。


「男爵夫人、しょうがないでしょ。おれの出番はないし。なあ、どうしろって言うんだよ?岩崎」


芳子の隣で控えている岩崎に、中村は同意を求めた。


「……まあ、そうだなぁ。中村、お前の出番はなさそうだが……しかし、あれはなんだ?二代目は何を考えてるんだ?!」


「あら、まあ!なんだか、楽しそう!というよりも、京介さん?!私達は写真を撮られていないわよ?!」


芳子が憤る。


どこまで目立ちたいのかと、岩崎と中村は顔を見合わせたが、その間もお咲は、おに太郎の唄を小躍りしながら唄っている。


それに合わせて、ボン!ボン!とマグネシウムのフラッシュがたかれ、光線を発し続けた。


カメラ担当は、右に左に動き回り、お咲を撮影している。


演劇場では、いつの間にか、おに太郎の唄の大合唱が始まっていた。


「にぎにぎにぎーー!!」


「おに太郎!!」


「えーー!おせんにキャラメル、ラムネは、いかが?」


「亀屋の、おに太郎握りだよぉ!」


幕間が終わってしまうと、売り子が慌てて現れ、お咲の唄に便乗した。ついでに、亀屋の女将、お龍《たき》までが、握り飯を売り始めた。


唄と売り声の掛け合いに、会場は、意味がわからんと戸惑いかけたが、


「おに太郎握り、ひとつくれ!」


「あっ!俺も!」


と、なぜか、次々、亀屋の握り飯弁当が売れ始める。


弁当持参の家族連れも、欲しがる子供をなだめる為に、お龍へ声をかける始末だった。


「いゃぁ、商売繁盛でよかったじゃないかい!」


二代目は、新聞記者達の後ろで呑気に笑っているのだが……。


「田口屋さん!!」


舞台の裾からの、芳子の剣幕にびくりと肩を揺らした。


「私と京介さんは、どうなっているの?!」


いきなりの事に、へっ?!と二代目は声をあげ、幕裾からムッとしながら顔を出している芳子を見る。


「あーー!!夫人!手違いがありましてねぇ、記者さん達の到着が遅れたんですよー!」


「では、田口屋さん!ポーズを取ってもらうということで。こちらも、男爵夫人の姿を撮り忘れというのは、社内的にも不味いんでぇ」


「撮れば一緒ですよ!写真は音まで拾えませんから!」


わははと、カメラ担当の男が笑った。


その間も、観客とお咲の、おに太郎の合唱は続いており、おまけに、劇場の売り子と亀屋も、商売繁盛。飛ぶように品物が売れていく。


「まっ、そうゆうことで、旨くまとまってるじゃないですかっ?!」


とぼけきる二代目に岩崎が、もの申すと身を乗り出しかけるが、中村が必死に制した。


「岩崎!堪えろ!確かに訳はわからんが、お咲が、唄っているんだ!お前の体は大きいし、声も大きい!ここで動けば、舞台が更にめちゃくちゃになる!」


中村は、そう説得し芳子へも、


「夫人!最後に、お咲とハモればいいんですよ!そしたら、唄っている様子が写真に撮れる!」


などと、こちらの機嫌も慌てて取った。


「あら、それもそうね、どのみち、お咲ちゃんは、私達の合唱に乗っかっていたのだから、皆で最後に決めれば間違いないわ!」


「いや、間違いもなにも、すでに、今の状態が、間違っているでしょう?」


岩崎は、どうなってるんだと不満げだった。


「まあまあ、要らぬ騒ぎを起こすな!岩崎!月子ちゃんが心配するぞ?!」


「……月子が?……確かに、楽しんでいるところに、見苦しい場面は、みせられないな……」


不機嫌な岩崎が、急におとなしくなる。


「なんだそれ。結局、月子ちゃんかよ!」


さすがに中村も呆れ返り、やってられねぇわ、と呟いた。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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