「おお、そうだ!京介!」
男爵が、真顔になった。
「西条家は、大変な事になっているようだぞ?訪ねた方がいいと思うが……」
「でも!京一さん!そんな大変な時に顔をだしたら、何を言われることか!」
「芳子、京介も含め私達は、男爵なのだよ?困った人には手を差しのべなければならない。違うかい?」
男爵が、食ってかかる芳子をたしなめる。
「まあ、俺が集めてきた噂話からの判断だからさっ。本当の所はわかりゃーしませんけどね。ただ、全焼は間違いない。一度確かめに行った方がいいんじゃねぇの?月子ちゃんの実家でもあることだし、それに、あんた、出兵するんだろ?時間がないぜ」
縁続きになるのだから、一応、道筋は踏んでおけと二代目は岩崎へ言うと、じゃあなと、片手をあげて、踵を返した。
二代目の不機嫌な様子に、岩崎も、ムッとする。
「こちらは、こちらで、こじれているのか。困ったねぇ」
男爵は、いい大人が、と呆れながらため息をつく。
「……二代目とも何かあったみたいだが、とにかく、京介、西条家へ行きなさい。見舞にも来ないと言われても困るだろ?」
「あー!そうね!あの、佐紀子と実《みのる》の二人が、あることないこと言いそうだわっ!!すぐに動いた方が良いかも!!月子さん!着替えましょう!」
芳子が、居間に寸法直しした着物があるからと、月子を手招く。
皆が現れたことで、慌てて起き上がり、居ずまいを正していた月子は岩崎を伺った。
「無理しなくてもいい。私一人で出向くという方法もあるのだから」
岩崎は、月子からの視線の意味を汲んでだろう、気遣いを見せた。
理由はどうあれ、西条家へ足を運ぶのは、月子にとっては苦痛のはず。佐紀子とも顔を合わさなければならない。
嫌みを言われるどころか、何か騒ぎが起こるのは、容易に想像できた。
「先方も、混乱しているでしょう。そんな時に、二人で押しかけるのも……。私だけが、ご挨拶して来ます。兄上からの見舞金もありますし……」
岩崎の言葉を受け、男爵は、不安げな面持ちの月子へ目をやる。
「うん、そうだなぁ。確かにあちらも、バタバタしているだろう。京介、ひとまず、お前が伺って、見舞金を渡して来なさい」
うんうん、と、大袈裟に男爵も頷き、岩崎の言わんとする意味合いに同意した。
「あっ!では、着替えなければ!」
岩崎は、寝巻き姿だったと、今更、気が付いたようで、しまった、などとぼやきながら立ち上がると、腰ひもを解いた。
そのとたん──。
「きゃゃーーーーああーー!!」
芳子が叫び、腰を抜かす。
「ひっ!!」
声なき声をあげ、月子は、後ずさる。
「いやだあぁ!!京一さあーん!!」
「おや、芳子、はしたないよ?廊下に座り込んで。と、言いたいが、確かに、こりゃあ、刺激が強い。叫びたくもなるなぁ」
顔を背け、廊下にヘタリこんでいる芳子を男爵は、擁護しつつ、
「京介、自分がどうゆう格好か、わかっているのか?」
と、笑いを噛み締めながら岩崎へ言った。
「どうゆうことでしょうか?」
兄に言われた事がわからず岩崎は首を捻るが、瞬間、わあぁ!と叫んだ。
足元には、脱いだ寝巻きが落ちている。
と、いうことは、当然の事ながら……。
岩崎は、裸同然、猿股《パンツ》一丁の姿を晒していた。
ハハハと、男爵は、腹を抱えて笑い、当の岩崎は、
「あ、ああ!!い、今まで一人だったので!!」
つい、いつもの様に、さっと着替えようとしただけなのだと、言い訳した。
「嫌だーー!京介さん!早く、早く、何か着てちょうだいっ!!」
芳子が叫ぶ。
「これで、お咲がいたら、ひきつけでも起こしていただろうに」
男爵は、笑い転げているが、その一言に岩崎が反応した。
「月子!そうだ!お咲だ!!」
お咲を亀屋に置いて来たと、岩崎は、月子へ向き直る。
「ひいいい!!!」
月子は、ぎゅっと目を閉じ、岩崎から逃るように、後ずさった。
「だ、だから!京介さん!!早く何か着てっーー!!」
芳子の叫びが、響き渡る。