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Side 緑
コンコン、と2回ドアをノックするが、中からの返事はない。
「入るよ」
寝ているのかと思ったら、ベッドのふちに座っていた。なら少し体調がいいのかもしれない。
「慎太郎」
振り返ることなく言う。ジェシーは、窓の外遠くを見ている。
その目はうつろで、どこか怖くなった。
「……どうした」
何でもないよ、と答える。足を布団の中にしまい、俺のほうを向く。
「ちょっとボーッとしてただけ」
その隣に腰掛け、「嘘言っても無駄だぞ」
言ってないよ、と彼は笑う。
その目は今まで見てきたジェシーのものと一緒なはずなのに、何かが違う。瞳の色に、影が混ざっていた。
「そこの中庭ね、チューリップが咲いてるんだよ」
「そうなの?」
立ち上がって外をのぞく。確かに中庭に花壇があり、そこで赤や黄色、白のチューリップが咲き誇っている。季節は春の真っ盛りだ。
「綺麗だね」
ジェシーは返事の代わりに微笑んだ。
「あのさ」
のんびりと口を開く。静かに次の言葉を待った。
「今朝、その窓辺に男の人がいてね。サトルさんっていう人」
へえ、と相槌を打つ。「患者さん?」
「元患者さんらしい。ちょっと前までこの部屋に入院してたんだって」
「元気になったんだね」と言うと、ジェシーは首をひねる。
「そうとは言ってなかったな」
「え?」
「今はすごく明るくて綺麗で、幸せな場所にいるって言ってた」
そこまで聞いて、ようやく言わんとしていることがわかった。
「……空から遊びに来てくれたんだね」
ジェシーはこくんとうなずいた。
「その人がここにいたときもね、あの桜は素敵だったんだって」
「それはいいね」
「サトルさんが今いるところも、桜とか色んな花が咲いてるらしいよ。だから、俺もなんか付いていきたくなっちゃった」
俺は驚いて彼を見る。「え…ちょっと待ってよ。付いていくって…」
ジェシーは唇をきゅっと結んでいる。少し深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
「…そうだね。綺麗なお花が見られるところに行ければいいね」
その男性がいるだろう、そしてジェシーもじきに行くだろう花畑を想像して心に冷たい風が吹いた気がした。
素敵な場所だと信じたいのに。
続く