Side 緑
「ねえ、一緒に外出ようよ」
ジェシーからの意外な提案に、棒にぶら下がっている点滴のパックから視線を戻す。
この間まで書いてあった薬剤の名前と違う。きっと、より強くなったんだろう。
「外?」
薬が強力になったということは、病状も悪くなったのだろう。少なくとも、本人は何も言わないけど。
「花見たいんだよ」
言ったそばから、もうナースコールを押している。車いすへの移乗を頼むのだろう。
その行動力は変わらないが、花をこんなに話題に出すのは珍しい。
変わってしまったのかな、と思った。
しばらくして看護師さんが顔を出した。ジェシーが車いすで中庭に出たい旨を伝えると、快諾してくれた。
ゆっくりしてきてくださいね、と俺にも向かって言った。
でも酸素を供給する鼻カニューレが一緒なのは、必要な条件らしい。
それがいかにも病人っぽくて、少し寂しい。
「じゃあ行こう」
ジェシーの案内に従って車いすを押して行く。
すると入り口のドアがあり、ここだと言った。
自動ドアが開き、外に踏み出す。
空は雲も少なく、いい日向ぼっこ日和だ。
「気持ちいいね」
「うん」
花壇では、この間見た通り色鮮やかなチューリップが咲いている。花開いたものも増えただろうか。
そしてその周りでは、何人かがベンチに座って談笑している。
のどかで和やかな雰囲気だ。
車いすをベンチの横につけ、隣に腰を下ろす。
「俺さー」
いつもの口調で話し始めた。
「これからどこに行くかとか、考えてるんだよね」
冗談とも本気とも取れる言葉に、ぎくりとなる。
「やっぱり花園がいいな」
へ、と間の抜けた声が出た。予想していた答えと違った。
「どういうこと?」
「幸せの花園」
ますます意味がわからなくなってきた。「うん?」
ジェシーはこちらを見る。
「サトルさんが教えてくれたんだ。いい匂いに包まれて、すっごい幸せなんだって」
なるほど、と理解した。
「だから俺、そこでみんながこっちで頑張ってるのを見とくから」
その彼なりのユーモアにくすりと笑った。
「そっか。じゃあサボれないね」
ジェシーがそこに行く日はもう近い。でも綺麗な世界のおかげで俺もジェシーも怖くはない。
「会いに来てくれたサトルさんも待ってるし、たくさんお花は咲いてるし。楽しそうなところだね…」
優しく笑うジェシーの横顔には、前に感じた暗さはなかった。
燦々と降り注ぐ陽光に照らされて瞳が光る。
きっとこのことを言えたから、すっきりしたのだろう。
安心していってらっしゃい。素敵な休暇を過ごしてきてね。
心の中でそう告げると、彼は満開の花のように笑んだ。
終わり
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!