「ふっふふ~ん」
晴れ晴れとした朝。昨日の雨が嘘みたいに、清々しい朝だから、俺は鼻歌を歌ってしまう。最近流行の曲を口ずさみながら、朝食の準備をしているとパタパタ……とスリッパを鳴らしキッチンへ走ってくる足音が聞こえ俺は、手を止めた。
「兄ちゃん、早いね」
「おはよう、あや君。丁度、朝ご飯準備出来たから座って」
寝ぼけ眼を擦りながらキッチンへ入ってきた弟、朝音綾は食卓に並べられた可愛らしい猫のホットケーキと、マセドアンサラダを見てパッと顔を明るくする。
可愛い弟を見ていると、癒やされるなあ、なんて思いながら、俺は出来た料理を運び、エプロンを外す。
兄弟二人で住むには少し広いぐらいのマンション。幼い頃に父親を無くし、母親は仕事で家に帰ってきていない。けど、何も不自由ないし、兄弟二人平和な日々を過ごしている。
ゴミ出し、掃除を分担(料理は俺だけど)し、代わり映えのない幸せな生活を送っているつもりだ。
そして朝のこの時間は至福の時間である。
あや君は寝ぼけているのか、手に握っているナイフは、ホットケーキじゃなくて、皿を擦っていたし、逆にフォークはホットケーキに刺さっている。朝が弱いあや君のこの無防備な姿を見れるのは、俺の特権だろう。
「どうしたの? あや君、寝不足?」
「うーん、支部で推しカプ漁ってたら二時回っちゃって」
「…あはは、そう」
ふあぁ…と大きな欠伸をするあや君。俺は、あはは……なんて、苦笑いしか出ない。可愛いから、許すけど。
あや君は、いわゆる腐男子、純愛ものからオメガバース、兄弟ものまで幅広く読み好む子だ。因みにあや君の最近のお気に入りは可愛い年下攻めが出てくるものである。
「あ、そうだ。母ちゃんから本届いてた?」
「ん? ああ、また段ボールで」
少し身体を乗り出し、あや君はパタパタと尻尾を振る。相変わらずだなあ、何て思いながら、俺は段ボールが届いていることを伝えた。まだ玄関に置きっ放し、と伝えると、あや君は部屋にまで運んでおいて、と俺に『お願い』してきた。
(お願い……ね)
あや君は、俺の様子に何て気づく様子もなく、ふとこんなことを口にしていた。
「でも、最近供給が無くてさ。いっそ自分で書いてみようかな」
ホットケーキの最後の一切れを口に放り込んで「おいしっ」と、あや君は頬に手を当てる。
「ごちそうさま」
礼儀よく、合掌したあや君は、空いた皿を流しへ持っていこうとしていた。あや君は高校生で、今から学校に行かないといけない。きっと、昨日の支部の話を、皆としたいだろうから、と俺は「やっておくから良いよ」と言って、あや君に言う。
「ありがと、兄ちゃん」
あや君はそう言って、カウンターに置いてあった、猫柄の弁当箱を鞄に突っ込み綾は制服に着替え、赤いネクタイを締め、ブレザーを着、玄関へ向かう。
後ろから見ても、丸わかりな寝癖が気になって(勿論可愛いんだけど)俺は、あや君を引き止めた。
「あや君、寝癖」
「うわ…ほんとだ。兄ちゃん直して」
頭のてっぺんにピョンと寝癖が立っている。玄関の鏡を見て、綾は少し小さくうなり声を上げた、あや君はそれはもう、可愛かった。寝癖は可愛かったけど、これで行くのは恥ずかしいだろうと、ブラシで髪をといたが、寝癖は直らなかった。
時計の針は午前七時四五分を指し示しており、あや君は「ヤバ」と声を漏らし、靴を履く。
「寝癖直すのは?」
「遅れるから! じゃあ、いってきます。兄ちゃん」
そういって、出て行くあや君を見送りふぅと一息ついた。
慌ただしい朝。でも、そんな朝が一番好きだ。
俺は、キッチンに戻って、先ほど取ったホットケーキをSNSにアップする。
「今日も可愛く作れたな」
フフ…と思わず笑みがこぼれるてしまう。
俺は、可愛いものが大好きで、身につける趣味はなくとも、収集の癖があって、母さんが、仕事で家を空けてから、随分と家の中が可愛らしくなったものだ。前までは殺風景だったのに。
可愛いの基準は、俺が可愛いって思ったもの。だから、基準はとても曖昧だ。
「明日も猫のホットケーキ…だと、さすがにあや君怒るかな」
「また猫!?」と少し怒ったあや君の顔が頭に浮かび、俺は苦笑してしまう。
俺は自他共に認める可愛いもの好きで、ブラコンなのだ。
そうして、写真をアップし終え、スマホのスケジュール表で、今日のスケジュールの確認をする。
講義は昼食後。
大学は文系の大学で、教職に就きたいから、教育学部を選んで、そこで色々専攻してる。
大学三年生ともなれば、かなり時間に余裕が出来、単位も落とすことなく、ここまでやってきた。バイトとも良い感じに両立できてはいるのだが……
「あー、バイト、の時間か」
スケジュール帳にバイトの文字を見つけた途端、俺はため息をついた。
午後の講義まで時間があるため、バイトを入れていた。バイトは……働くのが苦とは思わない。でも、バイト先を自分で選んだのか、と言われるとちょっと違う。
「うう……でも、あや君の頼み、あや君の頼み」
ブツブツと繰り返しながら、俺は支度に取りかかる。
行きたくないなあ……なんて考えながら、髪をとかし、前髪をピンで留める。バイトの制服はあちらで用意されているため財布とスマホを持っていけばどうにかなるから、持っていくものは厳選できる。肩掛けの鞄に午後の講義で必要なものをつめて鏡を見る。そこには、何処か不安そうな顔をしている自分が鏡には映っていた。
こんな顔してちゃダメだ、と俺は頬を叩いて、笑顔を作ってみた。
「今日は、三時間だけ……うぅ、頑張るしかない」
大学に入った当時から続けているバイト。
辞めるタイミングを見失ったのと、現在、人数の兼ね合いで抜けられない。抜けようと思えれば抜けられるのだろうが、俺は「お願い」されるとどうしても断れ無い体質なのだ。
「いってきます……」
気の乗らないまま、俺は、玄関の鍵を閉め、重い足取りのままバイト先に向かった。
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