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自転車和尚
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#イケメン
高遠すばる
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#初小説
鬼卍。
70
夕方、ヨーク公爵邸に着いた馬車の中で、私はドレスの裾を確かめた。
今夜は淡い水色のドレスを選んだ。襟ぐりと短い袖には白いレースが付き、腰で結んだリボンの先が、幾重にも重なる薄いスカートへ垂れている。座っている間に潰れていないか、裾をそっと広げてみた。
「マチルダ、降りられるか」
先に降りたお兄様が、手を差し出してくださった。私は裾を片手で持ち上げ、もう片方の手をお兄様に預けた。踏み台を降りると、薄い布がふわりと広がって足元へ落ちる。
「そのドレス、よく似合っているな」
「本当ですか?」
「ああ。可愛いよ」
お兄様は、私の髪を結んだ淡青色のリボンまで見てくださった。出がけに鏡の前で何度も結び直した甲斐があった。
「ありがとうございます」
お礼を言ってからも、すぐには手を離せなかった。今夜、このドレスを一番よく見ていてほしいのは、お兄様なのだ。
私はお兄様と並んで、ヨーク公爵邸を見上げた。
銀獅子賞の記念盾は、帰宅して自室に置いてきた。お兄様もご自分の部屋に置いてきたと、馬車の中でおっしゃっていた。
白い石の建物が、玄関を中心に左右へ長く続いている。二階のバルコニーを支える柱は太く、並んだ窓の奥には大きなシャンデリアが見えた。
「お兄様。ここは、お屋敷なのですよね」
「そのはずだが、宮殿と言われても納得してしまうな」
アシュフォード家の屋敷なら、どの部屋に誰がいるか部屋の灯りで大体分かる。ここでは、玄関から食堂まで辿り着くにも案内が必要そうだった。
先に着いていたレオポルド様も、馬車寄せから建物を眺めていた。
「うちも狭くはないが、ここまでではないな」
「招かれた四人のために、これだけの人が待っているのかい」
ジュリアン会長の言葉に、私は開かれた玄関へ目を戻した。左右に並ぶメイドや召使いは、数えようとするうちに分からなくなるほど多い。何十人もが一斉に礼をした。
その奥からアリス様が進み出たので、私は思わず見とれた。
濃い青のサテンのドレスが、灯りを受けて艶やかに光っている。肩を覆う薄いレースには銀糸で花が縫い込まれ、腰から広がるスカートは、歩くたびに深いひだの間から明るい青を見せた。
青みを帯びた黒髪は結い上げられ、銀の髪飾りで留めてある。顔の横に一房だけ残した巻き髪が、紫灰色の目によく似合っていた。制服姿では凛々しい方なのに、今夜はとても華やかだ。
青系で被ってしまった上に、あきらかにアリス様のドレスの方が高級で美しく、私は少し気落ちしてしまった。
「アリス様、綺麗です」
「ありがとう。マチルダも可愛い! その色、ぴったりだね」
アリス様は近づいて、私の袖のレースを覗き込んだ。
「いいなあ、こういうの似合って。私ももっと明るい色にしようか迷ったんだ」
「その青も、とてもお似合いです。髪飾りとも合っていて」
「本当? じゃあ、こっちにしてよかった」
アリス様は嬉しそうに笑った。そのままお兄様の方を見たので、私はつないでいた手を少しだけ強く握った。
「ようこそ。娘から、皆の話をよく聞いている」
アリス様と共に出迎えてくださったリチャード・ヨークは、王国宰相を務めるヨーク公爵で、アリス様の父親だ。
私はお兄様の手を離し、ドレスの裾をつまんで礼をした。
公爵は私達の挨拶を受けると、まずジュリアン会長へ、早く危険を知らせてくれたことへの礼を述べた。
「そして君達四人が、よく食い止めてくれた。今夜は遠慮なく楽しんでほしい」
「お父様。いつまでも玄関に立たせないで」
「そうだったな。どうぞ、こちらへ」
アリス様は私の隣へ来ると、玄関の奥を示した。
「ね、すごいでしょ。びっくりした?」
「はい。お兄様と、宮殿のようだとお話ししていたのです」
「やっぱり? 皆に見せたかったんだ。マチルダ、こっち。中はもっとすごいんだから」
アリス様は自慢げに言って、私を連れて大理石の床を進んだ。途中でわざわざ立ち止まり、吹き抜けの天井から下がるシャンデリアを見上げる。
「ここから見るのがいちばん綺麗なの。そう、そこ。上を見て」
言われた場所に立つと、いくつもの透明な飾りに灯りが映り、眩しいほどだった。私が見上げたままでいると、アリス様は満足そうに笑った。
「綺麗ですね。ずっと見ていられそうです」
「でしょ。でも、まだまだ見せたいところがあるから。あ、先にご飯ね。うちの料理、本当においしいんだよ」
学園では誰より勝気な方が、今夜は私達を驚かせるのに張り切っている。私は少し安心して、その隣を歩いた。
食堂には、白いクロスを掛けた四十人は座れる長いテーブルが用意されていた。銀の高価なアンティークカトラリーが並んでいる。給仕が椅子を引いてくれたので、私はお兄様の隣に座った。
前菜は、鴨のテリーヌだった。薄く切ったパンと、カシスの甘酸っぱいソースが添えられている。
「マチルダ、テリーヌはどう?」
「とてもおいしいです。アリス様は、いつもこんなお料理を召し上がるのですか」
「今日は特別。皆が来るって言ったら、お父様が張り切っちゃって」
「私だけかね。お前も何度も料理長と相談していただろう」
「私だって、皆においしいものを食べてほしかったの。いいでしょ、別に」
アリス様はそう言うと、お兄様の皿を確かめた。
「アーサー君は? 口に合う?」
「ええ。とてもおいしいです」
「よかった。魚料理も楽しみにしてて」
アリス様は嬉しそうに笑って、ようやく自分の料理にナイフを入れた。
テリーヌを食べ終えると、小さなラビオリの浮いた澄んだコンソメスープが出された。
魚料理は舌平目の白ワイン蒸しで、白いソースにバターの香りがした。口直しのレモンのシャーベットが運ばれた後、牛フィレ肉のパイ包み焼きが出てくる。
ナイフを入れると、パイが軽い音を立てて崩れた。中の肉は柔らかく、お兄様も一口召し上がってから、もう一度皿を見た。
「これはおいしいな」
「お兄様、こちらのソースも一緒に召し上がってください」
「ああ。マチルダも、冷めないうちに」
お兄様に勧めてから、自分の皿へ戻る。次の一口も楽しみで、つい食べるのが遅くなった。
レオポルド様は肉料理を気に入り、ジュリアン会長はアリス様に、学園の食堂でこの料理の話をしたら皆が羨ましがるだろうと言っていた。
デザートの苺のタルトを食べ終え、紅茶をいただいた頃には、窓の外は完全に暗くなっていた。
「この後は隣の広間で踊るの。マチルダ、その前に一緒に来て」
アリス様に誘われ、私は化粧室へ向かった。お兄様達は食堂を出て、広間へ移るところだった。
食堂を出たアーサーは、廊下でリチャードに呼び止められた。レオポルドとジュリアンは先に広間へ入り、マチルダはアリスと化粧室へ行っている。
コメント
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夕方の公爵邸、ドレスから料理から全部が細やかで、場面がありありと浮かびました。マチルダがドレス選びに迷って「お兄様に一番よく見ていてほしい」と思う気持ちと、アリス様のドレスを見てちょっと気落ちするリアルさ、どちらもとても共感します。でも二人のやり取りが自然で、ちゃんと互いを認め合っているところが素敵だなと。あと、料理の描写がずるいです、お腹すきました(笑)。