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拓人が予約を入れてくれた宿泊施設は、客室に露天風呂の付いた温泉旅館。
屋敷の門構えを思わせる入り口をくぐると、和の佇まいを感じさせる、濃茶を基調とした大きな平屋の建物が現れた。
建物の左側には日本庭園、右側には池があり、小さな橋が架けられている。
季節の花々で彩られた小径を、優子と拓人は、ゆったりとした歩調で宿へ向かう。
「……アンタ、すごい高級そうな温泉宿を見つけたね……」
日本の伝統と、モダンな雰囲気が融合した荘厳な建物を前に、優子は気後れしてしまう。
「ここの温泉旅館、全室離れで、客室に露天風呂も完備されているんだ。もちろん、敷地内にも露天風呂があるらしい。しかも平日だから、価格もリーズナブルで予約できた。この建物の奥に、離れの部屋があるんじゃないか?」
「離れの部屋……ね……」
「サイトを見たら、ここの宿、一日六組限定なんだってさ」
「予約を取れたのが、ある意味奇跡じゃない?」
とてもではないけど、逃避行中に立ち寄る宿ではない、と彼女は思うけど、拓人なりに気を遣ってくれているのかな、と思い直す。
立派な離れの温泉宿は、優子も初めて訪れたし、これが最初で最後かもしれない。
「それに、離れの部屋の方が……」
視線を前に向けていた男が、徐に優子を見下ろし、唇を歪にさせる。
「周りを気にせずに…………やらしい声を出せるだろ?」
「え? そこ!?」
「当たり前じゃん。さて、さっさとチェックインして、温泉に入って、気持ちいい事でもするか!」
面白がるように優子の手を取ると、歩調を速めた拓人の背中を見つめる。
彼女は、なぜか急におかしくなり、無意識に小さく笑みを零した。
宿のスタッフに案内された離れは、一番奥の建物。
箱型の平屋の建物は、藍色の外観に、格子状の明るい木目の引き戸。
和洋折衷の、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
小径の両端に植え込まれた笹が微風に揺られ、カサカサと涼しげな音を立てている。
笹の葉が互いに掠れ合いながら奏でる音色に、優子の心が和んでいた。
「こちらの離れになります。どうぞ、ごゆっくりとお過ごし下さいませ」
入り口の格子戸の前で、宿のスタッフが一礼すると、その場を後にして、来た道を戻っていく。
「さっそく、温泉に浸かろうぜ」
男が優子の肩に触れながら、中に入るように促した。