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上野文
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黒おーじ
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西暦二〇X二年、四月一日の夜。
出雲桃太と呉陸羽が式鬼を浄化し、四鳴啓介が不健康な酒宴に興じていた頃――。
東京湾内部に造成された人工島〝楽陽区〟の繁華街から西の連絡橋を通り、神奈川県に向かって走り去る、黒い大型高級車があった。
「くそ、〝八足虎〟も〝錐嘴鳥〟も、捕まえるのに苦労したのに! せっかく用意した〝式鬼〟が全滅じゃないか。よくも危険な目に遭わせてくれたっ。僕は名門〝奥羽家〟の一員なのに、どうして鉄砲玉みたいな真似をしなきゃならないんでやんす!?」
大型リムジンのハンドルを握るキツネ顔のチンピラ男は、いらだたしげにアクセルを踏み、前方の車にギリギリまで接近して煽りつつ自らの境遇を嘆いた。
「お黙り、離岸亜大。若い頃から万引きや恐喝を繰り返した小悪党め。世間知らずの箱入り娘を騙して奥羽家に婿入りしようとも、そんな馬の骨をいったい誰が信用するものか。〝C・H・O〟の鷹舟や、心の広いアタシだからこそ使ってやっているんだ。犬なら犬らしく、拾われた恩を返すために働きな」
後部座席に座ったやたら濃い柑橘系の香水をつけた恰幅の良い女は、アルコール度数の高い蒸留酒を手酌で何杯も重ねながら、〝式鬼〟の使役者だった勇者パーティ〝C・H・O〟からの投降者をあざ笑う。
「朱蘭様、そうは言うがよ。最初はそのナマズ髭女の為に、四鳴家が擁する特殊部隊〝鋼鉄鬼〟の新入りをサンプルとして回収するって話だったじゃないでやんすか。なんであのクソガキ、出雲桃太と戦う羽目になってるんだ。そういうのは、そこのガラクタの役割だろう!」
亜大は、煽り運転に耐えきれずに左折した車をバックミラーで見送りながら、車内の光景を一べつした。
彼の雇い主たる一葉朱蘭の隣には、ナマズ髭付きの鼻眼鏡をつけた作務衣の女と、傷だらけの鎧を着込んだ、大柄な黒騎士が鎮座していた。
「この子はまだ実験段階でね、実戦に出るにはまだまだ調整が必要なのサ。そもそも〝時空結界〟に出雲クンを巻き込んだのは、そちらの不手際じゃないかネ?」
オウモ、今は、寿・狆を名乗る女性は、悪びれずにそう言い切った。
「キハハ、時空結界には対象に近い相手なら、問答無用で巻き込む欠点があるからね。それで寿博士。実際に戦闘を見て、どうだった?」
「ン。四鳴家に研究所の情報を盗まれた時はどうなるかと思ったケド、アレではデッドコピーだね。リウという娘を引き入れられなかったのは残念だが、白い蒸気鎧は恐るるに足りない。製作依頼を受けた〝式鬼用の装甲〟の敵じゃあないネ!」
ナマズ髭を揺らす作務衣女性の反応に、酒で上気した赤ら顔の女はゲラゲラと上機嫌で笑う。
「キハハハ。そうだろうそうだろう。四鳴家など、図体が大きいばかりのハリボテさ。啓介は馬鹿のボンボンだし、遠縁の四鳴葛与以外にはまともな前線指揮官もいやしない」
朱蘭はひとしきり笑った後、酒の入ったグラスを見て、満足そうに微笑んだ。
「今回の件は、大局的にはうまくいったよ。出雲というガキは無駄に頭が回るから、〝式鬼〟と交戦したことで、一葉と四鳴のスキマ風にも気づくはずさ。だから、アタシと甥っ子が一時とはいえ、まさか組んでいるとは思うまいよ」
「わっひゃあ。アンタら、本当に性格が悪いでやんす」
亜大はハンドルを握りながら、寒気で身震いした。
「……人が良いだけでは、我が愛しくも憎らしい愚かな父、一葉亮の二の舞になる。冒険者組合を支配するのは、このアタシだ。その為には忌まわしい甥以上に、鷹舟を殺した出雲桃太という成り上がり者が邪魔なんだよ」
朱蘭は、リムジンが橋を渡り終える前に、冒険者組合本部と、獅子央家の私邸を振り返った。
タイミング悪く厚い雲がかかり、細い三日月が消えて真っ暗になる。
「亜大、一葉家に拾われた幸運を喜べよ。結界術を使い、既に〝楽陽区〟の発電所や浄水場などの主要施設には、起爆装置を設置済み。
加えて日本最強級の〝鬼神具〟である〝酒呑童子の鉄棒〟を使うアタシと、〝茨木童子の腕〟を受け継いだ黒騎士がいる以上、勝算は十分にある。
冒険者組合本部と獅子央の館を手に入れ、志半ばで死んだ鷹舟と、父、亮の無念を晴らすのだ。我らの革命を邪魔するものは、皆ことごとく死ね!」
「その意気だ。頑張ってくれたまえよ朱蘭様。孝恵代表も、頼れる親戚の活躍を喜んでいることだろうさ」