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竹林の夜は、静かすぎるほど静かだった。焚き火の炎は小さく揺れ、藤原妹紅はその前に座っていた。白影は少し離れた場所に腰を下ろし、竹の葉を見上げていた。
「宴って、どんなものだった?」
白影の問いに、妹紅は少しだけ目を伏せた。遠い記憶の底に、かすかな光景が浮かぶ。人々の笑い声、杯を交わす手、灯りに照らされた顔。だが、それはもう千年も前のこと。
「……賑やかで、温かかった。誰かが隣にいて、言葉を交わすだけで、心が満たされた」
白影は焚き火に目を向けた。その炎は、妹紅の言葉に呼応するように揺れていた。
「僕には、そういう記憶がない。誰かと笑ったことも、杯を交わしたことも。だから、君の言葉が遠く感じる」
妹紅は炎を見つめたまま、静かに呟いた。
「私も、もう遠い。宴の記憶は、灰の中に埋もれている。今の私は、誰かと笑うことも、杯を交わすこともできない」
焚き火がぱちりと弾ける。火の粉が夜空に舞い、竹林の闇に溶けていく。
「でも……お前がここにいる。それだけで、少しだけ違う」
白影は妹紅を見つめた。白と黒の瞳が、炎の光を受けて揺れていた。
「君は、僕を“ここにいる者”として見てくれる。それは、宴よりも深いことかもしれない」
妹紅は少しだけ笑った。その笑みは、炎のように儚く、しかし確かな温もりを持っていた。
「ならば、これは“友なき宴”だ。杯はない。笑いもない。ただ、炎と影が並ぶだけ」
白影は頷いた。その仕草は、竹の葉が風に揺れるように静かだった。
「それでも、僕はここにいる。君の炎のそばで」
焚き火が静かに燃え続ける。竹林の夜は、少しだけ柔らかくなった気がした。宴はない。だが、孤独の中に灯る小さな光が、確かにそこにあった。