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第9話:世界一人を見捨てられない人
「あなたは、“世界一人を見捨てられない人”に認定されました。」
その認定は、誰よりも忙しい現場にいた男をさらに縛る鎖になった。
ヒダカ・レン、35歳。
都心の救急病院に勤務する外科医。
髪は無造作に撫でつけ、白衣はしわだらけ。
睡眠不足の目元に隈をつくりながらも、今日も手術室へと足を運んでいた。
彼は「見捨てる」という行為を一切許せなかった。
「搬送が遅れた」 「状態が悪いから優先順位を落とそう」 「治療の効果が薄い」
──そのすべてに、「それでも助けろ」と叫んでいた。
同僚は去り、家族は離れ、彼の病院には“世界一見捨てない医師”がいると評判が立った。
重症患者が、わざわざ彼のもとへ集まってくる。
「“ナンバーワン”って、肩書きの名誉じゃなくて、呪いになるんですね。」
ミナがヒダカを訪ねたのは、夜の病院の屋上だった。
彼女は白衣の上から赤いカーディガンを羽織り、非常階段を駆け上がってきた。
「君は患者か?」
「違います。医者を助けに来た“外来”です。」
ナンバーワン社会では、“倫理を超えて治療に執着する医師”が脚光を浴び、
SNSでは「ヒダカに診てもらうと生還率が上がる」という噂が拡散されていた。
それは、命を救われる代わりに、“医師の命が削れていく”構造だった。
その日、病院に急患が運び込まれた。
既に心拍は微弱。脳の損傷もひどい。
周囲のスタッフが「もう無理だ」と判断しようとした瞬間、
ヒダカは手術室に飛び込んだ。
「まだだ。動ける限り、俺が諦めない!」
――だが、その手は震えていた。
長時間の勤務。栄養失調。判断力は鈍っていた。
ミナが手術室のガラス越しに叫ぶ。
「ヒダカさん! 助けるのが“医者”じゃない! 命をつなぐ方法を選べるのが“人間”でしょ!!」
ヒダカの手が、初めて止まった。
深く息を吸い、彼は周囲のスタッフに言った。
「……俺じゃない方が、救える。引き継いでくれ。」
翌朝、屋上でミナに会ったヒダカは言った。
「こんなに情けない俺が、“世界一”を名乗っていいのか?」
「いいんです。
“限界を認めて託した世界一”って、今いちばんかっこいい肩書きです。」
そして、ヒダカの端末に新たな通知が届いた。
「あなたは、“世界一、限界を見極めて命を繋いだ人”に認定されました。」
END
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