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連作「いい年して」

3 - 3話 いい年して恋して

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2025年11月12日

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「ねえ、私たちって、世間から見たらどう映ってるんだろうね」

香澄はワイングラスを指でなぞりながら言った。

隣の席では、10歳年下の恋人・悠人がピザを冷ましながら笑っている。


「どうって?」


「ほら、“いい年して”ってやつ」


悠人は一口ピザを頬張ってから、

「まあ、いい年して幸せそう、って言われたら最高じゃない?」

と、あっけらかんと言う。


香澄は吹き出した。

「そんな言い方ある?」

「あるよ。ほら、人生の後半戦で新しい恋とか、

もう一回青春とか、いいじゃん」





家に帰ると、娘の結衣からメッセージが届いていた。


『ママ、またあの人と会ってるの?いい年して、みっともないよ』




短い文だった。

でも、画面の文字は心の奥で大きく響く。


「いい年して」

娘がそう言うようになったのは、いつからだろう。

小学生の頃は、母の服を真似したがっていたのに。


テーブルに携帯を伏せて、香澄は小さく笑った。

涙ではなく、微笑がこぼれたのが不思議だった。


——そうか、もう、みっともなくていいのかもしれない。

きれいにして、しなやかにして、“ちゃんとした母親”を演じてきた。

でも、誰も見ていない夜くらい、好きな人に名前を呼ばれてもいいじゃない。





翌週の日曜。

駅前のカフェ。

悠人が新しいスニーカーを自慢している。


「いい年して、派手じゃない?」

香澄が冗談めかして言うと、

「いい年して、派手に生きたいの」

と彼は笑った。


ふと、香澄の胸の奥にも同じ言葉が響いた。

——いい年して、恋して。

その響きが、もう恥ではなく、

ささやかな誇りのように思えた。


グラスの中で氷が溶けていく音が、

少しだけ愛おしい午後だった。

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