テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「ねえ、私たちって、世間から見たらどう映ってるんだろうね」
香澄はワイングラスを指でなぞりながら言った。
隣の席では、10歳年下の恋人・悠人がピザを冷ましながら笑っている。
「どうって?」
「ほら、“いい年して”ってやつ」
悠人は一口ピザを頬張ってから、
「まあ、いい年して幸せそう、って言われたら最高じゃない?」
と、あっけらかんと言う。
香澄は吹き出した。
「そんな言い方ある?」
「あるよ。ほら、人生の後半戦で新しい恋とか、
もう一回青春とか、いいじゃん」
家に帰ると、娘の結衣からメッセージが届いていた。
『ママ、またあの人と会ってるの?いい年して、みっともないよ』
短い文だった。
でも、画面の文字は心の奥で大きく響く。
「いい年して」
娘がそう言うようになったのは、いつからだろう。
小学生の頃は、母の服を真似したがっていたのに。
テーブルに携帯を伏せて、香澄は小さく笑った。
涙ではなく、微笑がこぼれたのが不思議だった。
——そうか、もう、みっともなくていいのかもしれない。
きれいにして、しなやかにして、“ちゃんとした母親”を演じてきた。
でも、誰も見ていない夜くらい、好きな人に名前を呼ばれてもいいじゃない。
翌週の日曜。
駅前のカフェ。
悠人が新しいスニーカーを自慢している。
「いい年して、派手じゃない?」
香澄が冗談めかして言うと、
「いい年して、派手に生きたいの」
と彼は笑った。
ふと、香澄の胸の奥にも同じ言葉が響いた。
——いい年して、恋して。
その響きが、もう恥ではなく、
ささやかな誇りのように思えた。
グラスの中で氷が溶けていく音が、
少しだけ愛おしい午後だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!