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第4話「音を喰う掘り船」
> 「音が、ねじれてる……何かがおかしい」
薄暗い鉄の格子床。その下で、**掘り船《ギアノート》**の機関が軋む音を上げていた。
床にしゃがみこんでいたのは、ミレ。
深い焦げ茶の髪を無造作に一つ結びにし、薄い鉄粉にまみれたツナギの袖を肘までまくっている。
小柄な体だが、工具袋の重さで彼女の動きはどっしりしていた。
ミレは静かに、床板に片耳を押しつける。
機関の中に“音の歪み”を感じていた。
「このまま走らせたら……爆ぜるわよ、これ」
船体上部、操縦席。
「どっちみち止まってる余裕なんかないよ。前にいる、奴らのせいでね」
そう言いながら、カンナはゴーグル越しに前方を睨みつけた。
うねるように並んだ地面。その向こうから、大型の多脚車両がこちらに向かってくる。
陸海賊団《スカルビート》。
音響弾と衝撃波で掘削を止める“攪乱型”の襲撃者たちだ。
ミレが上がってきた。
「ギアノートの鼓動、変よ。内部で金属の音が逆流してる。音を……食われてる感じ」
「“食われてる”?」
一瞬、操縦席の外で静寂が訪れる。
その次の瞬間、敵の砲弾が斜面を削り取り、爆音が掘り船の背を叩いた。
「ッ――ミレ、座ってろ!」
カンナは咄嗟にドリルの制御を手動に切り替える。
金属の塊が軋むように唸り、
《吠える爪》が正面に突き出される。
「こっちは“叫び”で応える!」
ドリルが火を吹くように回転し、砲弾を“掘り返す”ように弾き返す。
爆風のなか、カンナはドリルの音を“聴いて”いた。
金属が鳴く。
回転数が振れる。
船全体が鼓動しているように感じる。
> ……怒ってる。だけど、それ以上に、訴えてる。
彼女は操縦桿を斜めに引き、ギアノートの車体を崖下へ急角度で落とす。
落下と同時、ドリルを地面に向けて斜めに突き刺す――!
ズバアアアアンッ!!!
振動、音波、機械の叫びが渾然一体となって、大地が震える。
掘り船が“音の軌道”を貫いた瞬間、機関音が一転して安定する。
ミレが目を見開いた。
「音が戻った……回路、通った……!」
スカルビートの主砲がもう一発、放たれる。
しかし、軌道の下に掘られた“音の通路”が、それを逸らすように曲げてゆく。
カンナは叫ぶ。
「ここは、吠える爪の“うたう場所”だったんだよ!」
敵は撤退し、静けさが残る。
火花の残滓のなかで、ミレがそっと手を床に当てた。
「今、船が……笑った気がした」
カンナは頷きながら、ゆっくりとドリルの回転を止める。
彼女たちは言葉にはしない。
けれど、“ここ”にあったものを、それぞれの感覚で受け取っていた。