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第5話「裂鋼牙、現る」
> 「お前のドリル……“迷ってる音”がするな」
カンナは一瞬、息を止めた。
崖の向こうから、鉄塊のような脚音が近づく。
粉塵を割って姿を現したのは、鋼の車輪と火薬煙を纏った巨大な掘削車両──《裂鋼牙(れっこうが)》の旗艦、《ロッカージョウ》。
その上に立つ男の姿を、カンナは食い入るように見つめた。
銀灰色の髪。黒い軍用コートの裾をなびかせ、片目は赤い義眼。
分厚い金属のグローブに、爆砕杭を片手で担いでいる――それが、グレイズ。
「……あんたが、“鉄ノつめ”を潰したやつ」
カンナはそう言うと、ゴーグルを目元に下ろし、赤茶の三つ編みを背中へ払いながら、腰の《吠える爪》に手をかける。
グレイズは、ゆっくりと杭を地面に置く。
次の瞬間、その杭が一瞬にして爆光を帯び、衝撃波で周囲の地面をめくり上げた。
「違うな。“鉄ノつめ”は、自分で潰れたんだよ。意思が鈍った組織は、ドリルも回らなくなる」
「……なら、あたしがもう一回、回してやる」
カンナはギアノートを突撃態勢に切り替える。
起動音と共にドリルが“吠え”、砕けた金属片が周囲を火花のように照らす。
その轟きに応えるように、裂鋼牙の兵たちが前へ出た。
それは戦闘というより、“思想の掘削”だった。
ひとりの団員が起爆銃を構え、カンナの進行を止めようと狙う。
だがそのとき、カンナは操縦席から身を乗り出し、ドリルを半身で振るう。
「そっちはただ“砕いて進むだけ”でしょ!こっちは、“聴いて選ぶ”の!」
ドリルの螺旋が相手の銃身を包み、ねじり潰す。
金属が悲鳴を上げるたび、火の唄が立ちのぼった。
崖の上では、グレイズがそれを見下ろしていた。
「なるほど、派手になったな……だけど、それだけじゃ地の奥までは届かねぇ」
彼は杭を再び担ぎ上げ、真下の崖面へと飛び降りる。
爆裂着地と同時に、衝撃波が広がり、カンナの掘り船が少しだけ浮いた。
「お前の“掘る理由”、聞かせてもらうぜ」
ドリルと杭が向かい合う。
カンナはゴーグルの奥で目を細めた。
「……じゃあ、音にして返すよ。吠える爪、全速回転!」
――キィィィィイン!!!
空気ごと切り裂く音。火花が咲き乱れ、爆音が地を揺らす。
二人の間に言葉はない。ただ、鉄と心がぶつかるだけだった。
振動がやみ、火の粉が舞う崖の片隅で、カンナは静かに地を見つめる。
ドリルが冷えていく感覚と同時に、“下”から何かが伝わってくる。
怒りでも、悲しみでもなく、ただ「そこにいた」という手応え。
> ……ここも、誰かが掘った跡。
ならあたしも、同じように前へ掘っていく。
ヤスミンが足元で尻尾を立てた。
カンナは静かに言う。
「うん、まだ聴こえる。次、いこっか」