私の名前はメアリー。さる高貴な方などと呼ばれるくらいには地位の高い両親の元に産まれてかれこれ17年になります。
蝶よ花よと育てられ、通う女学院でさえまるで宝石かのように扱われる日々。この世界でも黒髪が珍しくないのはありがたかった。それでもこの艶やかな髪は他者の目を惹きつけ、ぱっちりとした二重に大きな瞳は殿方を恋という這い上がることの叶わない奈落に落とし込むのだとか。
毎年の誕生日に開かれるパーティの度に増える求婚の数に両親は鼻を高くしたその反面、私をさらに誰の手も届かない奥へ奥へと仕舞い込むようになっていきました。
学院以外では引きこもり。学院でだってそんな私とお友達としての距離で接してくれる方はいらっしゃらないです。そしてここのところもともと孤立していた様な私の扱いは少し違う孤立の仕方をしてきました。
「ギルバート。私は美しいかしら?」
私とは真逆に白一色の髪は加齢によるもので、それでも綺麗に整えられた髪型は執事然としていて、衰えを感じさせないギルバートは私が産まれた時からずっと世話をしてくれているザ・プロフェッショナル。私に初めて掛けてくれた言葉は「玉のような女の子」でした。
周りからの賞賛などはうんざりするほど聞かされていても、自分自身でそのような事を言ったのは初めてです。ザ・プロフェッショナルなギルバートも私の問いかけに少し動揺したように見えましたが、穏やかな笑みをたたえたその表情はいつもと変わりませんわね。
「もちろんですとも。お嬢様の美しさには夜空の満月さえ時を忘れて沈んでしまうでしょう」
なるほど、ギルバートは私に嘘をついたことはありませんわ。なら私はそうなのでしょう。だけれど──
「今は三日月ですもの。その様に例えられても分からないわ」
ギルバートが少し口の端をピクリとさせた気がするけれど気のせいよね。
「こちらにありますのはお嬢様がお産まれになりました時にさる資産家の方が贈って下さりました国宝級のお皿でごさいます。散りばめられた宝石はそのひとつひとつが美しさの象徴とされ、庶民では一生をかけても手にすることの出来ぬであろう高級品。そして宝石に目を奪われがちではありますが、この様な真円はふたつとないであろうと言われ、宝石よりも価値があるとされるものでございます。しかしながら、この皿でさえもお嬢様のお美しさには足元にも及びませぬ。」
「そう、すごく説明してくれて良く分かったわ。けれどその様な芸術品と比べられても大げさに言われている気がして……」
あまり無理のあるバレバレのヨイショは好きじゃないの。でもギルバートは私をそれくらいに大事にしてくれてきたのを知ってますからいいのですが、そろそろ程よい表現をして欲しいものですわ。ギルバートの眉間に縦皺が出来た気がしたけど気のせいね。
「でしたら……こちらのガラス細工。知り合いの工房主から頂いたものですが、この中に浮かぶ気泡。このようなものは失敗作でしかないそうですが、捨てるのは勿体無いからと私に譲ってくださったのです。ビー玉と呼ぶそうですが、中には天に流れる川の様な美しき青色の線とそこに舞い踊るような泡の玉。それらがこの小さな球の中に存在する奇跡。お嬢様はそんな奇跡よりも奇跡と呼ぶに相応しい美しさをお持ちであります」
懐から取り出したビー玉は私の知っている世界ではありきたりだけれども、この世界においては確かにそれだけ綺麗な球体を作るのは難しいのかも知れません。
「そう。より身近な感じがして嬉しいけれどひとついいかしら? なぜ先ほどから丸いもので表現しているのかしら?」
ギルバートが少し、息を呑んだ気がするけれどそれは気のせい?
「お嬢様は“玉のようにお美しい”という事を表現致したく──」
「ギルバート、かつてあなたから聞いた“玉”とはなにやらニュアンスが違って聞こえたのですけれど」
ギルバートがビクゥッと全身で大きく震えたのはもう気のせいじゃないわ。
「お嬢様は──玉のようで」
「もはやストレートよね、それは。言いなさいよっ、デブって! 私がコロコロの球体に近づいているって!」
「そんな! 近づいてなど……もはや球体の方がお嬢様を目指していると言っても──」
「どんな比喩よそれ! やっぱりただのデブじゃないのよぉ!」
深窓の奥の奥まで囲い込んで美味しいものを食べさせて喜ぶ両親にそんな事は言えない。そうして私は運動する事もなく美食に舌鼓を打ち、学院でも私の視点から物理的(脂肪)に距離が離れていく級友たちに囲まれて激しい運動は良くないですわと助けられて(?)男性諸氏の視線のない世界でサイズアップを果たしてきた結果、ボールの精霊みたいなことになっていた私。
「ギルバート! 私は、ダイエットをしますわよっ! かつてのあの体型を取り戻して見せますの!」
「お嬢様、しかし学院以外への外出には許可が──」
箱入り娘は籠の鳥。でも私はただの鳥ではなくってよ。
「ギルバート、あなた私の秘密を守ってくれるわよね?」
「それはいよいよ3桁の大台に乗ったお嬢様の体重のことで──」
「もちろんそれもだけど、この流れだったらもっと違うものがあるでしょう!」