テラーノベル
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「ああ。お前と来られてよかった。一人で食うより、数倍は旨い」
「えへへ……って、なんかすみません」
「なにがだ?」
「だって俺、尊さんのこと癒そうと思ってこの旅行を計画したのに、こうして取り分けとかしてもらって……結局、俺の方が甘やかされてる気がして」
「これぐらい普通だ、気にするな。それに…お前が隣で笑ってるだけで、ここに来た意味はあった」
そんな台詞ひとつで、胸がいっぱいになる。
喉の奥が熱くなって、慌ててお味噌汁を啜って誤魔化した。
食事が終わると、俺たちはチェックアウトの準備を始めた。
名残惜しさが部屋の隅々に漂っている。
残された滞在時間を一分一秒惜しむように、丁寧に荷物をまとめる。
タオル類を畳んだり、洗面所の忘れ物を確認したりしている最中、ふと尊さんの視線を感じた。
「なあ」
「はい? 何か忘れ物でもありましたか?」
「…いや、なんでもない」
いつもなら率直に、迷いなく物を言う尊さんが、珍しく躊躇うような仕草を見せた。
その瞬間に僅かな緊張が走ったが、その表情はすぐに、いつもの彼らしい真剣さを帯びていく。
結局、その言葉の続きを聞く間もなく時間は過ぎ、チェックアウトギリギリのタイミングでフロントへ降りることになった。
旅館での思い出や、露天風呂から見上げた空、図書室の静謐な空気。
それらが頭の中でフラッシュバックし、切なくなりながら玄関で深く深呼吸をする。
旅先特有の開放感と、もうすぐ帰らなければならないという現実味が、熱海の潮風に混ざり合っていた。
◆◇◆◇
帰りの新幹線、窓の外には夕暮れが迫っていた。
心地よい揺れに身を任せていると、尊さんは自然に俺の肩に頭を預けてきた。
規則的な寝息が聞こえ始める。
ここに来たときよりも、尊さんの眉間の皺が消え、顔色が明るくなったことに確かな手応えを感じながら、俺は座席の下でそっと尊さんの手を握った。
(尊さん…前よりは元気になってくれたと思うし……楽しんでくれたみたいでよかった)
窓の外には、オレンジ色に染まる街並みが高速で流れてゆく。
けれど、俺にとっては今この隣で眠る尊さんの寝顔こそが、この旅でいちばん大切にしたい景色だった。
◇◆◇◆
連休明けの火曜日。
旅行の余韻を残しながらも、日常の歯車が再び回り始める。
ランチタイムの賑やかな店内で、俺たちはメニューを覗き込んでいた。
コメント
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尊さんどうしちゃったの?!