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“ダンッ”
少しばかりの和やかな雰囲気は、突如勢いよく開かれた扉の音によって一気に引き締まる。
「あ?」
「…………っ!?」
時雨と幸人の二人は反射的に振り返り、入口扉へ目を向けていた。
「此所は子供が立ち入って良い場所じゃないよ。今見た事は忘れて帰りな」
時雨は即座に追い返すような言葉を向ける。
扉を開けて其処に立っていたのは、深夜には場違いな程に幼さの残る少女だった。
ウェーブの掛かった栗色のミディアムヘアーが、その暗闇でも映える、人形の様な白い肌との対比が幻想的で、でも何処か儚げながらも、とても可愛らしかった。
歳は十代前半程だろうか。身に纏う黒いゴスロリ系衣装が、その未成熟な体型に不思議な程似合っていた。
だが何より目を惹いたのが――
“ヘテロ……クロミア?”
右の瞳が翡翠色。左の瞳が琥珀色に別つ、特異点とはまた異なる異彩色、虹彩異色症-オッドアイだったのだ。
――部外者としての認識しかない時雨とは対称的に、幸人は目の前の少女に驚愕で目を見開き、立ち竦む。
「……キ……キ?」
そして独り言のように紡がれる声。
明らかに少女へと向けての、それは確認の疑惑か。
「あん? お前何餓鬼相手に呆けてんの? 前から思ってたんだが、やっぱお前ロリコン……」
時雨もジュウベエと感性が同じだ。てっきり反論するものだと身構えていたが、幸人に反応は無い。
「オ……オイ幸人? しっかりしろ、現実を見ろ!」
ジュウベエも幸人と同様、暫し呆けてはいたが、すぐに間違いに気付いたかの様に主人へと促していた。
「…………」
だが少女は二人には目も呉れず、時雨と幸人の間を無言で通り抜ける。
「おいおい……俺の言った事、聴こえなかったの?」
まるで忠告を無視するかの様に通り抜けた少女へ、時雨が呆れながらその小さい肩に手を伸ばそうとした瞬間――
「ル~ヅキ! 遅れちゃってごっめ~ん」
「はあ?」
突然に発せられた少女の、嫌味の無い可愛らしい声に、手を伸ばそうとした時雨の動きも困惑に止まる。
部外者処か明らかに少女は、琉月へと会いに来たみたいだ。
「いえいえ、丁度お話していた所ですよ」
琉月もそう。少女を待っていたかの様に席から立ち上がる。
それを見て少女は駆け出し、琉月の豊満な胸元へと飛び込んでいた。
「おめかしに時間かかっちゃって……。今日は大事な日だからボク不安で……」
「大丈夫ですよ。貴女は何を着ても可愛いのですから」
不安そうに胸元に飛び込んで来た少女を、あやす様に琉月は優しく抱き締めていた。
「そぉう? エヘヘ、ありがとルヅキ」
途端に明るく目を輝かせ、嬉しそうに抱かれる少女の姿。
それはまるで、年の離れた仲の良い姉妹みたいだ。
時雨と幸人の二人は、その光景に呆気に取られてしまったかの様に、口を半開きで暫し立ち竦む。
「まっ……まさか?」
ようやく事態が理解出来たのか、しどろもどろに二人へと疑問を向けた時雨。
「ああ、紹介が遅れましたね――」
それに気付いた琉月は、胸元に踞る少女をゆっくり二人へと振り向かせた。
「ルヅキ? 何この人達……」
少女は今更気付いたのか、幸人と時雨の二人の姿に、そのオッドアイを琉月と二人へ交互に向けていた。
「大丈夫ですよ」
琉月は少女の柔らかそうな栗色の髪を、優しく撫でながら――
「彼女が先程お話致しました、SS級の最有力候補。現S級エリミネーター、三十三間堂 第十三位――コードネーム『悠莉(ユーリ)』です」
そう彼女は誇らしげに、まるで自慢の妹を紹介するかの様に、琉月は悠莉というS級エリミネーターの少女を二人へと紹介するのだった。
「ええぇぇぇっ!?」
余程信じられなかったのか、室内に響き渡る時雨の驚愕の声。彼らしいオーバーリアクション。
「冗談でしょ? こんなガキんちょがSS級最有力候補とか――」
言いたい事はもっともだが、とても失礼な事を言っている事に、彼は気付いていない。
「…………」
悠莉と呼ばれた少女は、無言だがとても可愛らしい笑顔で、時雨の下へと歩み寄っていた。
そして小さくも白い右手を、彼の前で差し出す。
それはこれから“宜しくお願いします”の、挨拶がてらの握手のつもりなのか?
「おっ? 中々可愛げあるね。だが生憎、俺には守備範囲外だから、そっちのロリコンお兄さんが面倒見てくれるよ――」
意味深に、何処か失笑しながら幸人へと瞳を向け、握手を返そうと彼も手を伸ばす。
「…………」
幸人はその一部始終、そして時雨の視線と言葉の意味に睨んでいると思われたが、そうではない。
やはり彼は少女のみを、まるで確認観察するように見、そして固まっていた。
時雨と悠莉の間で握手が交わされる、その一瞬の間。
「――っ!?」
刹那――弾ける鈍い打音。
「NOoォォォォォォ!!!!」
時雨は突如、膝を抱えながら絶叫に踞っていたのだ。
その眼前には右足を宙に浮かせ、突き出している少女の姿。
その可愛らしい黒いロングブーツの尖端に、鈍く輝くは鉛の証か?
彼女は可愛らしくも小悪魔的な笑みのまま、時雨の左脛を蹴っていたのだ。
「ガキって言うなぁぁぁ! この変ちくりん頭の女男!!」
弁慶の泣き所へ、不意に打ち込まれた痛みで悶絶中の時雨へ向けて、少女からの突然の罵倒。
「べぇぇっだ!」
舌を出して、時雨へ思いっきり嫌悪感を顕にするが、それでも少女の可愛らしさは些かも失われていない。
「なっ……」
「なんと思いっきりのいい……」
その事の顛末に、流石の幸人も呆れたのか言葉を失い、ジュウベエもまた少女の思いっきりの良さに感心するしかなかった。
「こっ……んのガキ……」
脛を押さえながら威嚇と怒りを顕にする時雨だが、目尻に涙を浮かべていては威厳も半減。
「よくもこの俺にこんな……ゆるせぇぇん!!」
それ処か、ただの負け犬の遠吠えにしか見えなかった。
立ち上がってはいたが、余程痛いのか未だに屈みながら脛を押さえている姿は滑稽、かつ失笑もの。
「きゃあルヅキ~、このお兄ちゃんこわ~い」
少女は琉月の背後へと、隠れる様に腰に抱き付くが、笑みを浮かべながらのそれは、全然怖がっている素振りすら見えない。
寧ろ楽しんでいる、と言うよりおちょくっていた。
“こっ……の猫被りが”
琉月の腰から顔を覗かせ、悪戯気味に舌を出している少女の態度を垣間見て、時雨は拳を震わせながら更に逆上していた。
「まあまあ……」
毎度の事ながら、あらゆるトラブルを止めるのも琉月の役目だ。
「悠莉、あまり無茶な事をしてはいけませんよ?」
咎める様に、だが優しく琉月は少女へと諭す。
「はぁい……ごめんなさい」
彼女は琉月の言う事は聞き分けるのだろう。素直に謝るが、それは琉月に対してであって、時雨に対してではない事は確か。
「時雨さん? 済みませんいきなり……。この子は決して悪気は無いのですし、私に免じてここはどうか大目に見てあげてください」
次はいきり立つ時雨への配慮だ。悪気は無いと言うのはある意味、問題的な突っ込み処なのは差し置き、彼は琉月には頭が上がらない。
「ぐっ……うん、まあ琉月ちゃんがそこまで言うなら……。俺も寛大だしね」
時雨は納得出来ないながらも、その単純明快さでここは納めていた。
懇意の女性に懇願されでもすれば、彼女の顔を立てるしかないだろう彼の頭では。
「――あぁっ!?」
何かに気付いたのか、少女は突如声を張り上げた。
「今度は何だよ……」
その本来の室内の雰囲気にそぐわない、矢継ぎ早のテンションに、時雨はうんざり気味に溜め息は吐く。琉月の顔を立てている以上、大きな事が言えない、出来ないジレンマもあるのだろう。
しかし少女の眼中に、既に時雨は映していない。
駆け寄って目指すは、真っ直ぐ幸人の下へ。
「えっ!?」
幸人は突如己を見上げてくる少女の瞳に、暫し己を見失い、そして魅入られてしまった。
吸い込まれそうな程深い、二つの異なる翡翠と琥珀――
“アイツやっぱロリコンだ……。焦ってんよククク”
それは時雨の目からも明らかな位の、少女を前にした幸人の動揺した姿だった。
「猫ちゃんだぁ~!」
「……はい?」
しかし少女が見ていたのは幸人ではなく、その左肩に居座るジュウベエの姿。
「ちょ……ちょっ!」
つま先を上げながら手を伸ばしてくる少女へ、ジュウベエも焦りを隠せない。
彼もまた幸人と同じ気持ちで、しかもまさか自分を見てたとは思わなかったからだ。
「可愛い~」
身を退く隙もなく、少女の手により身体を捉えられ、抱き締められる形で拘束される事となったジュウベエ。
「ねえねえ、キミ名前何て言うの?」
「オ……オイちょっと! 幸人助けろ」
振り回す様に笑顔で攻め立ててくる少女へ、ジュウベエは困惑しながら幸人へ助けを訴えかけるが、不思議と激しく抗ったりはしなかった。
猫爪によって反撃出来るはずなのに、されるがままなすがまま。無駄にプライドの高い、ジュウベエらしかぬその態度。
「オーイ幸人さん聞こえてますぅ? 可愛いジュウベエちゃんがピンチですよぉ……って、ぼけっとしてないで早く何とかしろ馬鹿!」
冗談も交えたそれは、嫌悪ではない事に他ならない。
勿論、幸人に助けに入る気配は無し、と言うより襲われているとの意味合いが違う。
何か微笑ましいものを見るような、懐かしいものでも見るような表情で、二人の遊戯を穏やかに見詰めていた。
『お兄ちゃん!』
“違う……はずなのに……”
「――助けろとか酷いよぉ……。キミ、ジュウベエって言うんだね、カッコいい~」
ふと少女の声で現実に戻される。
「えっ、カッコいい? うん、まあオレもそう思ってるんだが……って、ええっ!?」
誉められた事に、御満悦に鼻の下を伸ばすジュウベエだが、すぐにある“違和感”に気付く。
「――っな!!」
それは幸人も同様。普通では有り得ない、その違和感。
「ちょ……ちょいとちょいとお嬢ちゃん? もしかしてオレの言葉分かる……とか?」
“絶対に有り得ない……。これは今は幸人のみが――”
「もうお嬢ちゃんなんて、ジュウベエお上手なんだから~。え? ボク何か変な事言ったかな?」
「ぐっ……ぐるじぃぃぃ!」
お嬢ちゃんと言われた事に、少女は余程嬉しかったのだろう。その小さな身体で力一杯抱き締めるのは、ジュウベエへの愛情表現の顕れ。
その未発達過ぎる胸の中でもがきながらも、ジュウベエは確信に至った。
そして幸人も――
“まさか……こんな所まで?”
「御察しの通り、彼女は雫さん……貴方と同じ、動物と会話する事が出来るのです」
代弁する様に口を挟んだのは琉月だ。
それはまるで全て周知の事、と言わんがばかりに。
「クッ……ククク」
“もう駄目はい確定! ロリコン犯罪カップル誕生ギャハ”
その事実に驚愕な彼等とは対称的に、腹を押さえながら堪えきれず、一人で含み笑いを漏らしていたのは時雨だ。
「勘弁して……もう俺の我慢が!」
彼はその事実に別段驚きはしないが、その類似点に笑いが堪えきれないでいた。