テラーノベル
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かつて、スカーレットの女王の援助を得て海を渡った男がいた。
名を、クリストファーという。
彼は新たな大陸へたどり着いた。
だが彼は死ぬまで、その土地をエイシアの一部だと疑わなかった。
やがて、別の探検家が現れる。
彼は薄々、そこがクリストファーがみつけたの大陸であることに気づいていた。
そしてエウロピアへ戻ると、こう吹聴した。
――新大陸を発見したのは、自分である、と。
その大陸には、やがて彼の名が冠されることになる。
アメリア大陸。
時は流れた。
植民地であったその地は、エスカリオをはじめとするエウロピア諸国に独立戦争を挑む。
その司令官の名を、ジョージといった。
彼は原住民を根絶やしにする侵略者であった。
だが、この独立戦争に勝利したことで、英雄となった。
「我々は、エウロピアの王たちとは違う」
「民衆の選挙によって、プレジデントを選ぼうではないか」
自由。
平等。
民衆の国。
美しい言葉は、いくらでも並べられた。
だがその実態は、強大な軍事力を背景に、他国をねじ伏せる国家であった。
口には大義を唱え、裏では利益をむさぼる。
表と裏を使い分ける国家が、新大陸に誕生した。
――アメリア連合。
エウロピア大陸から難民同然に逃れてきた者たちの作った国は、
やがて世界の覇へと手を伸ばしていく。
革命政府の発足は、熱狂と処刑の中で始まった。
首都バナナでは、王宮の紋章が次々と引き剥がされ、
広場には革命軍の赤い旗が掲げられていた。
群衆は叫ぶ。
「革命万歳!」
「フィデロ万歳!」
「バティスタを倒せ!」
歓声は昼夜を問わず続き、
街は祝祭のような熱気に包まれていた。
その一方で——
旧王政の清算も始まっていた。
バティスタ王の私財。
アメリア企業から流れ込んだ資金。
港湾利権。
賄賂。
密輸。
役人たちの不正蓄財。
革命政府は、それらを次々と差し押さえていった。
革命裁判は連日開かれた。
王国軍の将校。
秘密警察。
王宮官僚。
アメリア資本と結びついた商人たち。
「人民を売った罪により——死刑」
判決は早かった。
銃声が夜明け前に響く。
ある者は当然だと言い、
ある者は震えながら家の窓を閉めた。
革命は、まだ終わってはいなかった。
やがて新政府の陣容が発表される。
評議会議長――フィデロ。
国防担当大臣――ラウル。
そして、
産業担当大臣――エルネスト。
その名が読み上げられた瞬間、
広場の革命兵たちは歓声を上げた。
「エルネスト万歳!」
山で共に戦った兵たちにとって、
彼は英雄だった。
だが——
アメリアでは、
重苦しい沈黙が流れていた。
「……最悪の形になったな」
ダレスは新聞を机に放り投げた。
葉巻の煙が、薄暗い部屋に漂う。
「フィデロだけなら、まだよかった」
「だがラウルが軍を握り、
エルネストが産業を握った」
「これでは革命政府そのものが、
反アメリア思想に染まる」
部下が恐る恐る尋ねた。
「では、関係改善は……」
ダレスはしばらく黙り込み、
低く答えた。
「フィデロは望んでいるだろうな」
「少なくとも今はな」
そのころ、
旧王宮を接収した革命政府庁舎では、
フィデロが静かに演説原稿を読んでいた。
「我々はアメリアと戦うために革命をしたのではない」
フィデルは原稿を机に置く。
「ケルパ人が、
ケルパ人として生きるためだ」
部屋の隅では、
エルネストが腕を組んだまま聞いていた。
「……で?」
「関係改善とやらをするのか」
フィデロは弟ラウルに目を向け、
そしてエルネストを見る。
「国は戦争では動かん」
「砂糖を売り、
港を開き、
金を入れねば、
民は飢える」
エルネストは鼻で笑った。
「結構なことだ」
ゆっくり煙草に火をつける。
「だがなフィデロ」
紫煙の向こうで、
その目だけが鋭く光っていた。
「首輪を金で作り直すだけなら、
バティスタの時代と何も変わらん」
「成功を祈るよ」
ヴァンガルド帝国首都モスコウビア。
冬の宮殿には、重たい沈黙が流れていた。
巨大な暖炉には火が入っている。
だが、それでも寒い。
窓の外では雪が降っていた。
灰色の空。
凍った河。
無数の尖塔。
世界最大の帝国は、白い冬の中にあった。
その玉座で、
ヴァンガルド帝国皇帝セヴェリウスは、
退屈そうに報告書をめくっていた。
「……革命もくだらぬが」
ぼそりと呟く。
「アメリアはカルドよりも品のない連中の集まりで嫌になる」
廷臣たちは黙ったままだった。
カイル戦争以後、
エウロピアに大きな戦はない。
ヴァンガルドは北部部族を平定し、
農奴制を廃し、
街道を整え、
産業を興した。
名実ともに、
エウロピア最大の国家である。
その頂点に立つ男が、
セヴェリウスだった。
だが近年、
海の向こうの新興国アメリアが急速に勢力を伸ばしている。
金。
貿易。
金融。
港。
そして戦争。
皇帝はそれが気に入らなかった。
「成り上がりは嫌いじゃ」
吐き捨てるように言う。
その時だった。
側近ラディスが、
静かに皇帝の耳元へ顔を寄せた。
「――陛下」
短い囁き。
セヴェリウスの目が細くなる。
「……本当か、それは」
ラディスは黙って頷いた。
数秒の沈黙。
やがて皇帝は椅子にもたれたまま言った。
「ニキータを呼べ」
しばらくして、
扉が開く。
入ってきたのは、
坊主頭の男だった。
軍人特有の風貌。
鋭い目。
無駄のない歩き方。
武人であることは一目でわかる。
「お呼びで」
男――ニキータは膝をついた。
セヴェリウスは頬杖をついたまま、
つまらなそうに命じる。
「ケルパのフィデロに会え」
「は」
「砂糖をはじめ、
輸出品はすべて言い値で買うと伝えよ」
ニキータの眉がわずかに動いた。
「それはまた、気前の良いことで」
すると皇帝は鼻で笑った。
「儂は北部部族の悪しき農奴制を解放した、
心優しき君主ぞ」
誰も笑わない。
だがセヴェリウスは気にした様子もなく続ける。
「困っている者を助けるのは、
神に代わって儂だけじゃ」
「仰せのままに」
ニキータは静かに頭を下げた。
退出していく背を見送りながら、
皇帝は窓の外へ目を向けた。
白い雪。
凍てつく大地。
ヴァンガルドは広い。
広すぎるほどに。
「さてと……」
セヴェリウスは立ち上がった。
「マリノフスキーを呼んで、
軍艦“雷帝”の進捗状況でも聞こうかの」
ラディスが一礼する。
だが皇帝は、
その前にぽつりと呟いた。
「まったく……」
その視線は、
遥か東を見ていた。
「ウレール山脈を越えたとて、
果ての見えぬ原生林があるだけ」
海を持たぬ帝国。
凍った港。
閉ざされた北海。
セヴェリウスは静かに目を細める。
「――富は、海にある」
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