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牛達の勢いは、止まらない。
どっどっどっと、地響きさせつつ、走り続ける。
「お、おい!このまま行くと、市《いち》だぞ!」
野次馬が、牛達の進む先に、気がついた。
「おお、それでいいのじゃ」
髭モジャは、ニンマリしていた。
何故か、今や牛の列は、大路から、小路に入っていた。
わーわー、言いながら、牛を追っていた野次馬も、流石に、このままでは、まずいと、気がつき始めてか、ざわつき始める。
閑古鳥が鳴いているに等しいとはいえ、公の市場が、目の前に迫っている。
開いている店は多数ある。小路とはいえ、道幅は充分にあるのだが、もしも、店に並べられている品々に、牛が反応してしまえば、大暴れ間違いなしだろう。
いかんせん、市場、日常必要な食べ物が並んでいるのだ、牛が、匂いに反応することも十分考えられた。
「おーい!髭モジャ!はよう、先頭の、牛を何とかしろ!あれは、お前の言うことを聞くのだろう!」
野次馬も、口々に、焦りの言葉を吐き出し始める。
と、皆に嫌な予感が走り始めた時、牛達の列が、散り散りになった。
いきなり、路地裏へ入り込み始めたのだ。
「やや!こりゃ、また、もう、どうすることもできんわっ!」
髭モジャが、叫ぶ。
確かに、それぞれ、好き勝手に、裏路地へ入り込まれては、らちが明かない。
そして、案の定、バリバリと、何やら、牛が踏みつぶす音が、流れてきている。
裏路地、と、なると、長屋が続いていたり、露天が、勝手に出ていたりと、あれこれ密集していた。牛が、駆け抜けられる場所ではない。
「しかたない!一番大きい、牛を何とかしろ!」
検非違使を束ねる、崇高《むねたか》が、叫んだ。
「他の牛は、なんとか、路地を抜けられる大きさだ、しかし、あいつは、でかい!」
野次馬も、散らばってしまった牛には、もう、手がだせぬと、観念したのか、一番厄介そうな牛に、絞るという、崇高の考えに、賛同した。
「ほほー、崇高よ、お主、分かっておるなぁ」
「まあ、我も、検非違使職が、長い。牛の行方で、おおよそ、見当がついたぞ、先、じゃなあ?」
「おうよ、これから、大捕物じゃぞ」
皆に見つからないように、髭モジャと、崇高は、腕が鳴るわと、したり顔を見せていた。
牛の、若、は、髭モジャに言われた通り、裏路地を、駆けていく。
道端に置かれている盥《たらい》やら、桶やら、使い勝手のために、放置されている、生活臭のするものを、次々、踏みつぶして行った。
その度、あー、と、野次馬の声が上がり、何事かと、顔を覗かせる、長屋の住人達へ、出てくるな、あぶねぇーぞー!と、声をかけていく。
「しかし、なんだな、髭モジャよ、こうも、野次馬というものは、結束するものか?」
「はて?そこは、ワシもわからんのじゃが、まあ、こっちの仕事が、減っておるのじゃ、ワシらは、捕物に集中しようではないか」
「おお、それは良いが、しかし、あの、牛は、たいしたものだなあ。髭モジャよ、いつの間に、あそこまで仕込んだのだ?」
「いやー、それが、ワシも分からんでなぁ。何故か、良く言うことをきくのじゃよ」
二人が、走りながら、話し込んでいる間に、牛の、若、は、狙ったように、連なる長屋の一軒へ、飛び込んだ。
バリバリと、長屋の入り口が、踏み壊される音と、共に、わあー!と、野次馬の声も上がった。
所詮は、裏路地の長屋、造りは、実にもろい物で、若、が、突っ込んだ先は、ひとたまりもなかった。
入り口は、バラバラに崩れ、家の中も外も、無い状態になっている。そして、若は、ここぞとばかりに、暴れ始めた。
堪らないのは、中にも詰めていた複数の、男女で、何が起こったのかわからぬと、わあわあ、騒いでいた。
「おっ、髭モジャ!」
「崇高よ!ちょうど、松虫《まつむし》もいるぞ!」
崇高は、配下にこっそり、辺りを固めるように、命じると、牛を、捕まえぬか!と、髭モジャを怒鳴り付け、二人して、最早、原型を留めていない、家、へ、踏み込んだ。
「うわっ!髭モジャの、おっちゃんよぉ!なんで、若が、飛び込んで来たんだよお!」
八原《やはら》が、髭モジャを見つけて、声をあげた。
「おや、八原、奇遇じゃなあ。お前こそ、なんで、こんなところに、おるのじゃ?」
髭モジャの背後に、検非違使の姿を見た、八原は、顔を歪めチッと、舌打ちした。