:マイキー視点:
「…一虎が戻ってきた?」
場地からの電話の内容は、俺の怒りを再発させるのに充分だった。
「もう懲役期間が過ぎたんだ。当然だろ。」
場地はいつもと変わらない声でそう言うと、続けて言った。
「ただ、マイキーが予想していた通り、あっちは喧嘩する気満々だ。マイキーの指示で全部変わるが…。」
俺は場地の話を切るように受話器を元の場所に勢いよく押し付ける。
久しぶりに感じた、闇が溢れ出して心を埋め尽くす感覚。
「一虎ァ…。」
俺は持っていた受話器を破壊するくらいの勢いで握った。
…抗争はするに決まっている。
俺の目的は、〈一虎を殺す〉ことだから。
―それが悲劇の引き金になるとも知らずに―
:奏視点:
今日はいい曲ができない。
わたしは持っていたペンを握りながらうーんと唸っていた。
ふと時刻が気になり時計を見る。
時計は丁度20時を指していた。
「まだこんな時間か…。」
わたしはそう呟いて気分転換に少し立ち上がると、部屋のドアが静かに開いた。
ドアから顔を出したのは、髪をまとめ上げてビン底メガネをかけている圭介くんだった。
圭介くんはメガネを取って、少し申し訳なさそうに笑いながら言った。
「音楽…教えてくれねぇか?」
わたしは少し驚いてフリーズする。
…教科書内容?それともコードの打ち方?音階?
わたしが答えれずにいると、圭介くんは少し考えて、気づいたように言った。
「俺も…その…奏と一緒にいると…作ってみたくなってな、音楽。」
ただ、重要なごせんふ?とかが分からなくて、と少し照れながら彼は言う。
…しかし、わたしの口から出た言葉は、何よりも酷く、辛辣なものだった。
「…やめて。圭介くん。」
圭介くんに同じ思いをさせたくなかったからなのか、これ以上わたしを苦しめないでと思ったからなのかは分からない。
ただ、なぜか突然思ったのがそれだった。
圭介くんは少し固まると、ほんの少し微笑んで、「そっか、悪かったな」と言ってドアノブに手をかけた。
わたしはそこで気づき、精一杯手を伸ばそうとした。
しかし、何かが阻んでいるように体が動かない。
そのままドアはゆっくりとしまった。
部屋に影が落とされた瞬間、私は膝から崩れ落ちた。
また…大切な人を苦しめてしまった…。
「…なんで…こんな才能持って生まれてきちゃったんだろう…。」
視界が滲む。
涙が頬を伝い始めた時、再度部屋に光が入ってきて、そっと誰かがわたしを抱きしめてくれた。
圭介くんか、圭介くんのお母さまかは、わたしは知る由もなかった。
…ただ、今はこのままでいたかった。
そっと撫でてくれる暖かい手。
わたしはその人の体に顔を埋めたまま、しばらく泣いた。