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領主騒動から数日。 街はようやく平穏を取り戻していた。
だが、そこに”元”領主の姿はなかった。
*
「……で?」
私はジルを睨みつけた。
「あの領主は?」
「それが……その……」
ジルが言葉を濁す。
「逃げた……んですか?」
辰美が恐る恐る聞いた。
「……はい。王都に”療養”という名目で……」
その瞬間、私の中で何かがブチ切れた。
「はァァァァァ!?」
部屋中に響き渡る怒号。
「ちょっと待って!?
あいつ、エルボー連打されながら
『領土渡します』『ハンコあります』
って約束したよね!?」
「そ、それは……」
「八発目くらいで泣きながら
『ご馳走も用意します』って言ったよね!?」
「はい……」
「なのに逃げた!?約束すっぽかして逃げた!?」
私は両手を広げて叫んだ。
「あのエルボー!あの念入りなエルボー!
全部無駄だったってこと!?」
「お姉ちゃん、落ち着いて……」
「落ち着けるか!!」
私はエスト様の制止を振り切った。
「私、あいつのために、
どれだけ丁寧にエルボー落としたと思ってんの!?
一発一発、心を込めて!愛を込めて!
『念のため』って言いながら!!」
「愛が歪みすぎてる」
エスト様がボソッと呟いた。
「サクラさん!落ち着いて!」
ジルが慌てて私の肩を掴んだ。
「……はぁ……はぁ……」
私は深呼吸をして、何とか怒りを抑えた。
「……で、領土は?私の領土は?」
「それが……その……」
ジルがまた言葉を濁す。
嫌な予感がした。
*
「……えっと。オーミヤの街、
そして皆様の拠点・リンド村を含む──
“サイータマ領”の新たな領主に……私が任命されました」
──空気が止まった。
「へー」
「あー」
「ほー」
「おー」
内容は理解してないけど、とりあえず返事はする。
理解度ゼロ。反射神経マックス。
この無駄な統率力こそが、魔王軍クオリティだ。
ジルは少し照れながら、私の方を見て言った。
「……サクラさん。
領主夫人……なんて、いかがですか?」
「……ちょ、やめてよ……っ」
モジモジと視線を逸らす私の前に、
辰美が一歩踏み出した。
「だっ、ダメです!
この人はそんなところで終わる器じゃないんですから!」
「……」
……たしかに。
領主の妻って肩書き、悪くない。
玉の輿の上に、領主を後ろ盾にすれば、
王都とのパイプもできる。
つまり、世界征服への近道──
それが今、ここに転がっているわけで。
でも──私は……
「くっ……ダメよ!
ここでゴールインなんかできるわけないじゃない!」
(たぶん一度は夢見たよ、玉の輿も安心も。
でも私、楽するよりもっとデカい夢で転びたい派だし?
ヒゲボウズマッチョと結婚するのよ私は!)
「私はまだ、世界征服の途中なのよ!だから無理!」
私はジルの申し出を振り切り、エスト様を見つめた。
エスト様は、私の視線に気付くとニコッと笑った。
「ふふふ。分かってましたよ。
ここでサクラさんが目標を諦めるわけがない……とね。
そんなところも含めて惚れてるのです」
ジルは少し寂しげに微笑みながら、話を続けた。
「では、今後は”領主”として、
皆様の旅を全力で支援させていただきます」
「……あれ?ちょっと待って?はい!はい!質問!」
私は手を上げた。
「つまり……あの領主は逃げて……
ジルが領主になって……
だから、私の領土は……?」
「……サクラさんには……その……」
「無いの?」
「……はい」
──沈黙。
「……」
私は天井を見上げた。
「……そっか」
私は静かに呟いた。
「……そっか……そういうことか……」
「お姉ちゃん……」
エスト様が怯えている。
「いいの。分かった。全部分かった」
私はニコッと笑った。
──その笑顔が、あまりにも怖かったらしく、
全員が一歩後ずさった。
「……許さない……絶対に許さない……
次会ったら……次会ったら……」
ゴゴゴゴゴ……
私の周りに暗いオーラが立ち込める。
「……エルボー二十発……いや……三十発……
いや……もう数えるのやめる……
倒れるまで……いや、倒れてからが本番……」
「ねぇ、ジル」
「は、はい……」
「領主になったんだよね?」
「……はい」
「じゃあ、私の請求、全部通るよね?」
私は束になった請求書を取り出した。
「はいこれ!
リンド村の家賃と、温泉建設費と、ステージ照明と──
あと、えーと、私のツノ専用美容院代!」
だが──ジルから返ってきたのは、予想外の拒否だった。
「……すみません、サクラさん。それはできません」
「えっ!?」
私は眉をひそめた。
「ジル君、チッチッチ。分かってないわね。
これは浪費じゃないの。
“経済を回すための投資”よ?
美容院代だってさ?
領主の友人が美しいことは、街のブランディングになるのよ?」
私は自信満々に、論理的に説いた。完璧なロジックだ。
しかし、ジルは眼鏡をクイッと上げて即答した。
「却下です。私的浪費は、断固認めません」
……バッサリいかれた。
ロジックごと叩き斬られた。
「ぐはッ……」
「そりゃそうだ」
「ふむ……」
「納得しかないですね」
下僕たちは全員うなずきやがった。
私は、ささやかな抵抗を試みる。
「……ぐっ……ぐぅぅ……」
「“ぐうの音も出るもん!“って言ってるけど、それもう音だよ」
エスト様がニコニコしながらツッコむ。
「嘘でしょ……ジル? 裏切ったの……?」
私はよろけながらジルに問いかける。
けれど、ジルは何も言わず、ただ視線を逸らした。
「信じてたのに……ジル? ジルぅ……!」
私はその胸にすがりついた。すがるしかなかった。
「……ごめんなさい、サクラさん。
私も辛いんです。でも、これは”仕事”なので」
残酷なまでに冷静な言葉だった。
「じゃあ……じゃあ、私は……
このまま破滅するしかないっていうの……!?」
ジルは窓の外を見た。
そこには、激しい雨が降っていた。
まるで、私の未来の預金残高のように冷たく、重かった──。
*
しばらくの間、部屋を沈黙が支配していた。
誰も何も言わなかった。言えなかった。
私は、手元の請求書を見つめたまま震えていた。
「ど……どど……どうするの……?
この……10億……どう返せばいいの……?」
「「「は?10億!?どこに使ったんだよ!!!」」」
全員が同時に叫んだ。
私は請求書を握りしめ、震える声で読み上げた。
「“幻のマグロ握り食べ放題フェス参加費:10万リフル”……」
「“ツノ専用ティアラ定期購入・年間契約:100万リフル”……」
「“魔王サクラ公式応援アイドルユニット・デビュー費用:1億リフル”……」
「“世界征服コンサート用ステージ照明一式:2000万リフル”……」
「“SGK(サクラグランド花月)建設費:3億リフル”……」
「“イルカとシャチとアザラシのショー建設費:残り全部”……」
エスト様、辰夫、辰美が顔を見合わせる。
「お姉ちゃん……何このラインナップ!?」
「魔王軍の資金運用、崩壊しましたな……」
「完全に浪費です!!」
──沈黙。
外からカラスの鳴き声が聞こえた。
「っさい!!みんな、イルカとシャチとアザラシのショー見たいだろうがぁあ!!」
「「「えぇ……」」」
「ふっ……ふふ……しかたないわね……やるしか……ないか……」
私は決意の声で言った。
だが、私の行動を潰すように、ジルが冷たく告げた。
「ちなみにサクラさん。
この10億リフルですが……期限は今月末です」
「……は?」
「あと、特別融資枠なので利息はトイチ(10日で1割)。
遅れた場合は、担保としてエスト様のダンジョンを差し押さえます」
「は……?トイチ……?」
「えっ!?なんで私の家!?」
「エスト様と私は姉妹だろうが!?エストの物は私の物!!」
「お姉ちゃんとの距離がお姉ちゃん都合で急に近くなった!!」
「はい、国外逃亡決定」
「私の家は!?」
「国外に逃亡した場合は国際指名手配になります。
世界中の高ランク冒険者に狙われます」
ジルが淡々と言う。
ホントにお前私に好意あるんか?
「詰んでる!?」
その時、私はおばあちゃんの言葉を思い出した。
『金は返さない。でも感謝は忘れない。
そう言ったら、おじいちゃん連れてかれたわ』
今ならおじいちゃんの気持ちが分かる……
私はおじいちゃんを偲んだ。
「じ、時間がない!辰夫!辰美!すぐに支度して!行くわよ!」
「はい?」
「え、どこに!?」
「決まってるでしょう?」
私は二人を見つめた。
目は血走っていた。
(……すまない、二人とも……
お前たちの労働力(いのち)をお金に変えるしか……!)
「──サーカスよ」
「「売る気かよ!!」」
膝から崩れ落ちる2人。
「分かってる……分かってるのよ……!
でもね……!でもねぇえ!!」
私も膝をつき、その場で嗚咽した。
そんな修羅場を見て、エスト様は大爆笑だった。
「あはは!!
ショーとかサーカスよりもさ!
一番珍しい生き物はお姉ちゃんだし!!」
ゲンコツ。
「ぎゃん!?」
*
──こうして私は、10億リフルの借金を背負った。
(※1リフル=日本の1円と同価値)
「今から世界征服は中断して”出稼ぎ遠征”します!」
「魔王軍緊急出動!みんなで大海原にマグロ漁に行くわよ!」
「「「いかねーよ」」」
全員が即答で拒否した。
だが、トイチの足音は、すぐそこまで迫っていた。
「じゃあ、魔王軍総動員して全部焼かない?」
「「「倫理観バグった!!」」」
(つづく)
──【今週のおばあちゃん語録】──
『金は返さない。でも感謝は忘れない。
そう言ったら、おじいちゃん連れてかれたわ』
解説:
あの日、おじいちゃんは取り立てに向かってこう言ったのよ。
「お金はもう使った。でも、あの時間は本物だったんです」って。
誰も何も言わなかったわ。
取り立ての人が黙って頷いて、そのままおじいちゃんを連れていったの。
……おばあちゃんはその様子を見ながら、味噌汁にネギを足したそうよ。