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10億の借金を背負った私は、外の世界が怖かった。 ジルの冷たい視線が怖かった。
みんなの信用を失うのが怖かった。
そして、お金と言えば……前世での記憶が蘇る。
*
東京でOLやってた頃、私の職場には綾小路綾子──
通称“綾様”というお局様がいた。
彼女が「もうすぐ金曜ね」と言えば、それが月曜でも、
社内が“金曜の空気”になる。
会議はダレて、書類は片付けフェーズ、
クライアントからの返信も「来週で」になる。
みんなが無意識に彼女の空気に従っていた。
空気じゃなくて“瘴気”だったのかもしれない。
── 綾様の観察日記 番外編 ──
表参道のオープンカフェ。
休日の午後、私とカエデとツバキの幼馴染3人組は、
何も考えず甘いものをつつくつもりだった。
……そのはずだった。
「この席、風水的に”無の方角”。
我がチャクラが収束して……ふふふふ……」
ツバキは意味わからんことを言いながら、
椅子に妙な座り方をしていた。
いつも通りだ。うるさい。
「いいから黙って座れ。結界張られても困る」
私はアイスティーを啜りながら、いつも通りに止める。
「……ッ!」
そのとき、ツバキの様子が変わった。
肩がビクッと跳ねる。
何かに気づいたように、目を泳がせた。
「ツバキ……?」
カエデがきょとんとした顔で聞いた。
風が止んだ。
パラソルが微動だにしない。
車の音も、遠くの話し声も、すべてが静かになる。
信号が全部赤になって、街の空気が凍った。
「ダ、ダメだサクラ! ここ、ダメなやつ来てるって!
今すぐ逃げよう!? 何これ!? 怖い!!怖い──!!」
「……ツバキが標準語?
どした?何をテンパってる?」
「ち、ちが……いやその……私は……
SAN値が……リミットを超え──
わああああああああああ!!!」
ツバキは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
完全にテンパってる。珍しい現象ではある。
大抵ヤバい事が起こる前兆でもある。
私はアイスティーを置いて、ふと思い出す。
「……そういえばツバキ、霊感強いんだったわね……」
「えっ!?ツバキって除霊できるの!?」
「できないっ!!」
机に顔押し付けたまま、ツバキが全力で否定した。
「ツバキ、普通の人みたいだったね〜!かわいい♪」
カエデが笑って言った。
全然状況読んでない。さすがだ。
*
そして──決定打が入った。
さっきまで私たちの足元をトコトコしてた普通の鳩。
そいつが、唐突にスイッチ入れたかのように──
ケーキに飛びかかった。
「えっ!? ちょっ!? それ私のスイ──!!?」
ばっさばっさばさ!!!
鳩はカエデのケーキを掴んで飛び立っていった。
想像の三倍くらいのスピードで、しかも完璧に一直線に。
「……持ってかれた……あと、羽が動いて無かったような……」
私は呆然と呟いた。
「あはは、旅立ってったね〜!がんばれ〜!」
笑顔のカエデ。メンタルが異世界生物。
私は鳩の飛んだ先を見る。
そこに、いた。
完璧なスーツ。無駄のない姿勢。
片手には折れ目ひとつない一万円札──。
しかし、その一万円札は風に靡く様子がない。
紙幣──“紙”ではなく、鋭利な刃物に見えた。
なんでお金をそのまま?
……ミニマリスト・極かな?
「……綾様……ッ」
綾様。
私とカエデの上司。職場の中枢。
“経理と経済と倫理”をすべて握り潰す女。
綾様が入店した瞬間──
店内の客のスマホの防災警報が鳴り、
皆が自然と財布をバッグに戻すのを、私は見た。
そして、照明が一度だけ点滅し、
BGMが”巻き戻し”のようにノイズ混じりに止まった。
「やば……逃げるぞ、二人とも。
今、ここにいたら財布の磁気まで吸われる」
「でもケーキまだ食べてな……」
「カエデ、現実見て!もう無いの!
あれ鳩じゃなかった、運命だったの!!」
綾様は近くの席に座り、店員に注文をしていた。
声は一切発していない。
けれど──注文が成立していた。
注文を受けた店員は3歩歩いて泣き出した。
*
……その時だった。
綾様の視線が、こっちを向いた。
カエデがにこっと笑って、手を振ろうとした。
「あっ、綾子さんだ!こんにちはー! 綾子さ──」
「カエデ黙ってて!!!!」
私は咄嗟に叫んだ。命に関わると思った。
そして綾様と目が合った。
「……あら?……サクラさん」
「ふふ。カエデちゃんも。
カエデちゃんはいつも元気ね」
「はい。綾子さん偶然ですねー」
カエデがにっこり笑って答える。天然すげー。
名前を呼ばれただけで
私は心臓を撃ち抜かれたように動けなくなった。
笑ってもいない。怒ってもいない。
ただ”名前を呼ばれた”だけ。
「サクラさん?
この間の請求書……締め処理、まだでしたよね?」
「えっ……あ、あの、それは……今ちょうど──」
「“ちょうど”?」
「っ……っっ、しっ……!
し、してます!! 今! してます!!」
「請求書は出せるよね。領収書は受けとれる。
でも、幸せは計上できない。
それでも帳簿は閉じなきゃいけないの。分かる?」
「はい!まったくわかりますん!」
「ふふ。じゃあまたね」
笑ってすらいない。無表情。
なのに、私はなぜか息ができなかった。
あれはもう特級呪物というか……概念だ。
ツバキが出てこない理由が、今ならよくわかる。
綾様は、それ以上何も言わず、
コーヒーを愉しんでいた。
「え?あのコーヒーいつ届いた?」
*
私たちは、足音を立てず逃げるようにレジへ向かった。
そこで店員から出されたレシートを見て、時が止まった。
「あの……ポイントカード、お出しになりますか?」
そこには、はっきりと表示されていた。
-300P
「えっ?マイナス?マイナスって何?
ポイントって0より下あるの?
貯まるんじゃないの!? 減るの!?」
「うわ〜!レア演出だ!
わたし初めて見たかも〜」
「……運命が……逆流している……」
テーブルの下からツバキのうめき声が聞こえた。
「ちょっと待って!?
私たち何もしてないよね!?
鳩にケーキ取られてマイナスってどういうことなの!?」
「“前のお会計の影響で、
店内ポイントバランスが調整されました”って……
すみません……」
店員が申し訳なさそうに言う。
「ちょっと何言ってるかわからない…」
あの人はきっと、今もどこかでバランスを取っている。
経済と、倫理と、私のポイント残高の。
「……出ていい……?……あれ?
……ねぇ!?サクラぁ!?カエデぇ!?無事なのぉ!?」
テーブルの下からツバキの叫び声。
「あ。ツバキ置いてきた。まぁいいか」
「うん。それよりお腹空いたから、うどん食べに行こ!」
カエデが笑顔。
「……ククク。去ったか、光(サクラ)と風(カエデ)よ……
ならば我は『影(テーブルの下)』に潜み、
この『経済の破壊者(綾様)』を後方より監視する……!
おい、誰か……我が足の『共鳴振動(ガクブル)』を止めてくれ……!」
ツバキの声が聞こえた気がするけど、知らん。
── 回想終わり ──
──トイチの足音が、綾様のヒール音と重なった。
◇◇◇
読者の皆様こんにちは。辰夫です。
ここからは──”ある理由”により、
我が主サクラ殿に代わって語り部を務めさせていただきます。
何卒、お付き合いいただけますと幸いです。
*
さて、我が主のサクラ殿が10億リフルの借金を作り、
パニックとなり、我と辰美のドラゴン二体をサーカスに
売ろうとしたところまでお話しているかと思います。
それではその直後のお話から語らせていただくとしましょう。
*
「そうだ!こうしましょう?」
サクラ殿が突然叫んだ。
「辰夫と辰美をサーカスに売るけど、その後は暴れて脱出!
それからここに戻ってくれば良くない?」
「ブレスをゴオオオ!って!……ブレスをゴオオオ!ってね!?」
サクラ殿はそう言うと、我と辰美にウインクをした。
「売るような人のところに、
なんでまた戻って来ると思ったのですか!?」
我はサクラ殿に反論した。
しかし、辰美は頬を赤らめながら言った。
「……いや……私は戻るかも……」
やはり辰美は壊れてしまったようだ。
「……じゃあ……じゃあ……どうすれば良いの……」
サクラ殿が震える声で呟く。
「あッ!竜の鱗って1枚いくらかな?ねねッ!?
全身の鱗の数って何枚あるの?
ひとりあたり、5億枚くらいあると助かるのだけど……」
サクラ殿は申し訳なさそうに尋ねてきた。
「「殺す気か!」」
我と辰美が同時に叫んだ。
「えーん……もう私は終わりよー……終わりなんだわー……」
サクラ殿が泣き始める。
「地下労働施設で働かされて、
夜は班長と外出権を賭けて、
サイコロを振る人生を送るんだわー……」
「たまに飲むビールを飲んで、
犯罪的だ……って言うのよー……
これは言わないわけにはいかないのよー……」
サクラ殿は頭を抱えながら部屋を転げ回っていた。
「あはは!またお姉ちゃんが壊れてる!」
エスト殿が笑う。
「サクラ殿……」
我は呆れた。
「やっぱり面白いなー」
辰美が笑いながら言った。
「私の知る限り、
10億を稼ぐには血液を賭けた麻雀くらいしか無いのよー……」
サクラ殿がさらに叫ぶ。
「そしてその血液を賭けた麻雀は終わるまで20年かかるのよー……」
サクラ殿は次に部屋の隅で体育座りを始めた。
「あはははは!」
エスト殿が爆笑している。
「何を言ってるのか分かりませんな…」
我は首を傾げた。
「守ってあげたい……」
辰美が呟いた。
(……我が主の想像力には、時折、恐怖すら覚える)
*
こうして錯乱していたサクラ殿だったが、
その後、懐から一升瓶の【鬼ころし】を出して飲みはじめた。
いつもの飲んだくれモードだ。
最終的には酔ったのか泣き疲れたのかは分からないが、
とにかく寝てくれた。
*
──事件はその翌朝に起きた。
「お姉ちゃん!お姉ちゃーん?」
エスト殿の声だ。
朝からやけに隣の女子部屋が騒がしい。
「サクラさん!サクラさん?」
辰美の声も聞こえる。
我は様子を見に行った。
「お姉ちゃん?どうしたの!お姉ちゃんってばー!」
エスト殿が叫んでいる。
「サクラさん?大丈夫ですか?返事をしてください!」
辰美が慌てている。
コンコン……
「……失礼します。いったいどうしました?」
我は扉をノックして部屋に入った。
そして──
「……なッ……こ、これは……
さ、サクラ殿……ですか!?」
我は驚き、後ずさりをした。
竜の王である我が……だ。
「辰夫!なんとかしてよ!お姉ちゃんが!」
エスト殿が叫ぶ。
「辰夫さん!サクラさんが!」
辰美が我にすがりつく。
「えええ……?」
なんと……!
そこには……部屋には……
巨大な【ヤドカリ】があった。
そのヤドカリはサクラ殿の貝殻生成スキルで
作られたものだとすぐに分かった。
なぜならヤドカリには表札のような物があり、
【サクラ】と書いてあったからだ。
これを見たときは少しイラッとした。
そう、なんと……サクラ殿は、
引き籠もりはじめてしまったのだ──。
話しかけても叩いても返事がない。
我達は巨大なヤドカリを見つめ、途方に暮れていた。
「うーん。困ったなー……」
エスト殿が呟く。
「うーむ」
我も唸った。
「サクラさん……」
辰美が心配そうに見つめる。
しばらくすると……
ヤドカリがゴソゴソと動き始めた。
そして中から手紙が出てきたのだ。
スッ……
「ん……?手紙……が出てきた」
エスト殿が言った。
「む?」
我は首を傾げた。
「なんですかね?」
辰美が聞く。
エスト様が手紙を拾い上げ、手紙を開封した。
……その手紙にはこうあった。
【お腹すいた。ご飯まだ?早く持ってきてね。
PS:塩むすび希望 *梅干しは嫌】
「「「知るかッ!!!餓死しろッ!!!」」」
我達3人が同時に叫んだ。
そして、ヤドカリの中から、ポリポリと煎餅をかじる音と、
「あー、テレビないかなードラマ観たいなー」という独り言が聞こえてきた。
「……快適そうですね」
辰美が少し羨ましそうに言った。
「憧れるなッ!」
我は一喝した。
*
我達はヤドカリを放置して部屋を出て、
ジル殿の居る食堂に向かった。
少ししてからヤドカリが食堂に現れたので、
外に投げ捨てた。
先に食堂に居たジル殿が驚いて言った。
「い、今のヤドカリ……?
ま……まさか……サクラさん……です……か?」
ジル殿の目は大きく見開いていた。
我が主はもはや鬼ではなかった。
ただの軟体生物であった──。
(つづく)