春を感じさせる風は、頬を撫で髪の間をサラリと通り過ぎていった。それがあまりに心地よくて、立ち止まって空を見上げた。
「どした?」
空よりも深い色の彼が、単調な声で言葉を放つ。
なんでもない、と応えようと顔を向けると、彼はとんでもない化け物を見たような顔で
「えぇ…?」
と帰ってきた。
俺の顔に何か付いているのだろうか。
は?何?と返してみる。
「なんか急にニヤニヤするやん」
「きっ….シュ」
辛辣すぎん?
「一緒に歩いてるのが恥ずいんだけど」
「ま?そんな酷い顔してる?」
「フッw 冗談ですやん!w」
はぁ〜?
だんだんキレそうになる俺をお構いなしに、彼はどんどん進んでいく。
今、俺らは丘の上の1本杉まで競争をしている。
だが小学生のような体力も元気もない俺らはゆっくりゆっくり登るのみ。
それでも彼の方が体力には優れているらしく、差は3mほど。
これはまずい。負けたら夕飯奢りだ。
傾きかけている日が空を朱色に染め始めた。
よし。ここからは俺のターンだ。
今まで温存してきた体力を一気に放出するように地面を蹴る。上り坂なのも相まってなかなか思ったように進まないが、確実に差は縮まり、ついに彼を追い越した。
今度は彼がとんでもない化け物のような顔をしている。なるほど、俺はさっきこんな顔をしていたのか。
いやいや、俺はこんな酷い顔じゃない。
一本杉にタッチしたとき、両足(主にふくらはぎ)にとてつもない疲労が襲いかかった。一本杉に背をもたれ、ゆっくりと呼吸を整えた。
空はすっかり染まりきっていた。
今夜は何を奢らせよう、などと考えていたら、突然視界が青色に染まった。
「お前、ずるしたろ!」
体力配分にひと工夫入れただけだ。
どうやら彼よりも俺の方が賢いらしい。
「置いてくなよ、無駄に走る羽目になった!」
何と理不尽なことでしょう。
「置いてくわけないだろ。」
「…?」
「俺らはずっと一緒だ」
「…よくそんなクサいこと言えるな」
「はぁ?そんな雰囲気だったろ」
「違うと思う」
「だーっ!なんか恥ずくなってきた!」
「早く飯行くぞ!ラーメンな!」
「はいはい …あ、ごめん」
「財布忘れた。」
「お前…許さん」
互いに冗談を言い合い、互いに笑い合う。
そんなくだらない日常が、たまらないくらいに愛おしい。
そう、俺らはずっと一緒だ。
死ぬまで、ずっと__
鉄の臭い。色を失った景色。そこかしこから上がる灰色の煙。
目の前には数名の敵。手には赤い液体の着いたナイフと残り3発の拳銃。
まさか俺らが兵役期間の代に戦争が起きるなんて、考えもしなかった。
1年目の俺らはまだまだひよっこで、只今多数の敵に追い詰められている。
どうする、今俺には何が出来る?
荒い息を整える間もなく次の攻撃が飛んでくる。
最近習得した受け身もまだ完璧なものではない。
防戦の一方なのにも関わらず、命がすり減っているのを感じる。
もう限界か__
そんなとき、青色の彼が俺の前に出た。
ザクッ、という音とともに、
青色の彼は、赤色に染まった。
瞬間、世界はスローモーションになった。
否、そう感じているだけ。
力なく倒れた彼を受け止めた。
何度も何度も名前を呼ぶが、返事どころか
意識も戻らない。
彼の命の行方は、もう時間の問題。
分かってた。頭では。
だが、俺は、
まさに理性を失っていたのだと思う。
彼をそっと寝かせたあと、
0.75倍速の世界で、狂ったようにナイフを振った。
3発の弾も使い切った。驚くほどエイムが
良かったのを、今でも覚えている。
全弾命中。百発百中。
敵は一瞬にして、俺の前から姿を消した。
顔に散った返り血を服の袖で拭き取る。
流石に疲れたのだろう。だんだん意識が遠のいてくる。
いや、ダメだ。彼を救護テントまで運ばなければならない。
でないと敵を倒した意味が無いではないか_
振り向こうと1歩踏み出すと、バランスを崩し倒れてしまった。
「く…そが」
小さく呟き、とうとう意識を手放
_そうとしたとき
背に、何かがドサッと落ちてきた。
何事かと思い、振り向く。
そこで目に映ったモノは、大きく2つ。
1つは、みぞおちにナイフが刺さった敵。
いつの間には俺の手からナイフが消えていた。
1つは
俺に重なるようにして倒れている、青色の彼。
「え…? 」
「バカ…野郎!」
「不意打ちで…死ぬとか…1番だせぇよ…」
息絶え絶えに言葉を紡ぐ彼。
「言ったろ?ずっと一緒だって」
「俺は…お前を…」
「1人にはしない…から」
その言葉を最後に、俺は今日まで彼の声を聞いていない。
なぜなら、その直後、
彼の脈がなくなったからだ。
「らっだぁ!!!!」
兵どもが夢の跡 連載開始
コメント
2件
ピギャァッ↑
😭