〜第2幕〜ー「真相」ー
俺の推測はこう。
大森元貴と若井滉斗は昔からの幼馴染、親友であった。だが同時に、彼らの間にはそれ以上の深い関係性があった。互いに歪んだ信頼・愛情を持っている、共依存のような関係。
そんな中、新作の執筆か何かで対立が生じたのだろう。それでいわゆる「仲間割れ」をし、若井滉斗は失踪という形で大森元貴から逃げようとした。だが若井滉斗は、大森元貴にその居場所を突き止められ、「良い機会だ」とも言わんばかりにそのまま大森元貴に監禁されているんじゃないか。若井滉斗の投稿した動画も、監禁後に無理やり撮らされたんだとすれば、数日間が空いたのにも、声色に抑揚がなかったのにも、目線が泳いでいたのにも説明がつく。それか、若井滉斗が大森元貴から逃げようとしたっていうシナリオなんて無くて、最初っからずっと監禁され続けてる。
このどっちかだ。どちらにせよ、この事件は、大森元貴が首謀者の「誘拐事件」だ。若井滉斗自身の失踪なんかじゃない。俺の中の記者魂が疼く。
真相を、突き止めなければ。
俺は早速、この騒動を「誘拐事件」として調査を始めた。流石に俺の憶測だけでは記事にすることなんてできない。客観的な証拠を集めないと。だけどその前に、もう一度大森元貴に探りを入れようと彼の元を訪れた。しかし彼はデスクの前にいなかった。他のスタッフさんに聞いたところ、
「やっぱりこうも連絡がつかないと若井のこと、心配で…探す時間を頂きたいんです。」
と言って今日は休みを取っているらしい。何が心配だよ。白々しいよね、ほんと。俺はそのデスクに目線を落とした。すると1枚の付箋が目についた。そこには、人名とそれに一言コメントが添えられていた。そして、その中に「藤澤涼架」の字があったんだ。俺の名前に添えられたコメントは、
「藤澤涼架:動きに注意。」
だった。俺は口角が上がってしまうのを我慢しきれなかった。なんだこれ。あんなに「完璧」と謳われていた彼が、こんなにもあからさまなものを置いていくなんて。俺の仮説が「机上の空論」から「現実味のある可能性」に変わった瞬間だった。
さっとその付箋の写真を撮ったが、これだけではまだ証拠としては薄いだろう。そう考えた俺は、知人の心理学者に連絡を取って例の若井滉斗の動画を視聴・分析してもらった。その結果、目線が泳ぐということは、多大なストレスや不安を抱えている人の仕草だということで結論が出た。
カードは揃った。これだけの根拠があればこの「真相」を記事にすることができる。大森元貴の「仮面」を、記者として崩すことができるチャンスだ。
そんな思いを胸に、俺は記事を執筆し始めた。今までの仕事で一番と言ってもいいほど捗り、それは半日ほどで書き上げられた。
そしてやってきた公開の日。その記事は世間でとても騒ぎになってくれた。職場の人にも称賛され、ネットではその「真相」に戦慄の声も湧き上がった。ありがたいことだ。
下手をすれば人の命が懸かってくるこの事件を解明でき、今までにない達成感や充足感に包まれながら家路についた。街中を歩いていると、背後から声をかけられた。
「あの記事…読ませていただきましたよ。藤澤さん。」