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ゆうれい都とナギ

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ゆうれい都とナギ

25 - 第22話「金魚すくいで金魚以外を」

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2025年07月22日

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第22話「金魚すくいで金魚以外を」

「さっき、広場のほうでお祭りやってるって」


ユキコがそう言って、ナギを手招きした。

夕暮れの空は、今日だけ色がついてなかった。

まるで鉛筆で塗られたような雲が、音もなく浮かんでいる。


ナギは、肩までの髪をゴムでひとつにまとめていた。

白いシャツに、深い灰色の半ズボン。

手には屋台でもらった小さな布袋。

中にはスタンプカードと、すこしだけ冷たくなった飴が入っている。


「金魚すくい、やってみる?」


ユキコは今日、少し色のついた服を着ていた。

濃い紫と白の、すこし古びた浴衣。

帯の結び目はふわっとしていて、背中に重さがあるように見えた。





ナギは、台の前に立った。

水面に、赤いものがたくさん泳いでいる。

金魚──と、思った。


けれど、よく見ると、目がふたつ以上あるもの、

尾が透けて消えかけているものもまざっていた。

それでも、誰も気にしていなかった。

売り子のおばあさんも、金魚だよとしか言わなかった。


「ひとつだけ、すくっていいよ」


ナギはそっと、ポイを水に沈めた。

その瞬間、水の中で何かがナギの指先を見つめた気がした。


すくえたのは、小さな魚だった。

でも、それはうっすらと指のかたちをしていた。

目がなく、尾がふたつに分かれていた。


「……これって」


「うん、金魚じゃないね」

ユキコは小さく笑った。

でもその目は、まるで「それを選んだのがナギだよ」と伝えているようだった。





金魚袋に入れられたそれは、水の中でときどき形を変えた。

指、羽根、葉っぱ、そしてまた魚。

ナギは、目をそらすことができなかった。


「それ、持って帰る?」


ユキコが問うた。

ナギは、すこし考えてから首を振った。


「ここに、置いていく」


水面が、静かにゆれた。

それはまるで、袋の中のものがうなずいたかのようだった。


「えらいね」


「なんで?」


「持って帰ったら、“いっしょに夢見ること”になっちゃうから」





ナギはそっと、袋を水に戻した。

すくい上げたときよりも、水がぬるくなっていた。

でも、冷たいままだったら、もっとこわかったかもしれない。


台の下、だれかの足音が遠ざかる。

見上げると、ユキコが小さく手を振っていた。


「ナギちゃん、今の夢、ぜんぶ自分で決めたね」





スタンプ帳に、ひとつ新しい印が増えていた。

“すくわなかった”という名の、空白のスタンプ。


でもその空白は、なぜかにじんでいた。

水でも、涙でもない。

たぶん、“思い出す直前の名前”のような重さだった。

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