私たちは、七浦先生が追いかけてきて止めるのを無視して直ぐに車に乗り、学校を出た。
私は、少し状況を判断するのに時間が掛かった。
「分かったかも。あの先生の事。」と言い、そして「あんな人の言う事なんて聞かなくて良いんだよ。」と先生は言った。
その次の日からは、私は完全に不登校になった。
引きこもりまでは行かないが、学校へ足が全く向かなかった。
『あの先生のことだから、私の席もなくしてありそうだな』なんて考えていた。
けれど、白河先生は変わりなく優しく接してくれた。
しかし、私は先生のとある異変を感じとっていた。
妙に控えめなのだ。
前から控えめだった部分もあったけど、ご飯を私に分けてきたり(しかも半分以上)その割に、食べる量が前よりも減った。
『今の状況だと、逆に私がこうなる方が自然なのでは?』と感じるほどに。
ある日の夕食中、
先生の右手に痣のようなものが3個ほどあるのに気づいた。
手の甲に1つと肘の近くに2つ。
「どうしたの?その手と肘…」と聞く。しかし、「これ?ずっと学校で、教科書とか入れてるかごを長時間持ってたりするからかな?」と苦笑いしながら先生は言った。
私は「あ〜!そういう事!」と明るく聞き流したが、それくらいの傷ではない。というのは誰でも分かるほど。
けれど先生は笑顔で笑っている。
絶対何かがあったんだ…。
そう思ったけど、やはり聞く勇気は出なかった。
でも、私のその予想は当たった。
ドアを開ける音がする。 先生が帰ってきたのだ。
しかし、何かが違う。
「ただいま!」というあの元気な声がない。
私は玄関へ早足で向かった。
いつもの先生とは違う、かけ離れた、まるで別人のような白河先生が居た。
泣きはらしたような顔、裸足に学校で履いているスリッパ、白色のカッターシャツには絵の具のようなものがカラフルに沢山塗られ、さらにズボンは濡れていた。
私は状況が掴めず、ただただ立ち尽くした。
そんな私の右腕を、先生が強く掴んできた。
私はわざと何も言わずにいると、「助けて…。」と、いつもと違う儚く消えそうな声で先生が言ってきた。
私は「えっ…」と呟き、動揺していた。
先生はそのまま腕を掴んだまま、泣き出しそうになっていた。
「どうしたの…?大丈夫…?」と私はやっと先生に声をかけた。
その後、先生が小さな声で泣きながら、今日あった事を話した。
1限目の前に、担当学年が一緒の女性の先生2人から悪口を沢山言われた事。
昼休みにロッカールームで、担当学年は違う男性の先生3人に絵の具をカッターシャツに沢山塗られ、掃除の時間に「こんな姿は生徒に見せられない」と、唯一あった替えのカッターシャツに着替えたが、放課後に職員室の端でまた同じ先生に塗られ、更に水をかけられてしまった事。
帰りには、靴(スニーカー)に水を入れられていた事などを話してくれた。
『やっぱり…』と私は納得したと共に『先生を何かしらの形で救ってあげたい』と思った。
とりあえず先生をお風呂へ入らせ、私はその間にサラダ素麺を作ってあげた。
先生がお風呂から上がって くると、「おっ…おいしそうですね。」と言って来た。
「でしょ?」と私は返した。
トマト、胡瓜、サラダチキン、ブロッコリースプラウトを茹でた素麺の上に乗せ、胡麻ドレッシングをかける。
私がテーブルに持ってくると、「では…頂いて良いで…すか?」と先生が口に出す。
「どうぞ。一緒に食べよ。」
「いただきます。」
先生は「美味しい。さすが凛さん」と言う。しかしあの優しい笑顔は無く、うつ向いている。
私も自分ながら美味しかった。
先生は相当疲れていたのか、その後すぐに、リビングの床で眠ってしまった。
私は先生に、そっとタオルケットをかけてあげた。
そして、今後どうするべきかと考えていた。
明日はとりあえず休ませるが、私が電話したりするべきなのか、しかしずっと休ませてもいいのかなどをメモに書きながらじっくり考えた。
そんな事を考えていたら、気づいた時には時計の針が5時を指しており、外が薄ら明るみかけていた。
先生もその時に目覚めたらしく、そっと身体を起こし、私に「今は…何時ですか?」と聞いてきたので、「午前5時。もう朝です。空も薄ら明るいですよ。」と言った。
「そうなんですね。早いなぁ。凛さんちゃんと寝ましたか?」
「いや…寝てない」と言う。
「とりあえず寝ていいですから。後は僕がしますので…」と先生が言ってきたので、私はその言葉に甘え、寝室へ向かった。
起きたら、10時だった。
リビングへ行くと、先生がいた。
「やっぱり…休んだんですね」と言うと、
「うん。自分に甘く生きても良いんだよ。」と言い、少し先生は微笑んだ。
『確かに、先生の言う通りだな』と思った。
その後、雨が降っている外を私たちは散歩した。
「今の僕の気持ちに合っている気がする」と先生が呟き、「うん。だね。」と返した。
私たちの後ろには、虹が出ていた。
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