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白山小梅
白山小梅
12
三年生の時、学校生活も終わりだからと、柊に手紙を書いた。
“ 聞いて欲しいことがある “
” 放課後、屋上で待ってる “
簡単に言えば、果たし状みたいな中身だった、と思う。
何度も読み返して、何度も書き直したのに、何を書いたのか今ではほとんど思い出せない。
逸る鼓動を抑えながら、屋上へ続く階段を登った。異変に気付いたのは、意外と早かった。早めに行くんじゃないって、後悔した。
『おまえ、告られるんじゃね?』
柊のものではない、知らない声が鼓膜を劈いたのだ。
嫌な予感がした。誰かが同じ場所で、同じ時間に、告白しようとしているらしい。別の誰かであってほしいと思った。
でも、第六感というのだろうか、とにかく、胸がざわついた。
『てか、柴崎って誰だっけ』
再び聞こえたのは、またしても知らない声だった。
静かに手が震えた。連動して、喉の奥も痺れた。足先に力が入らないけれど、勇気をだして動かした。でも、あたしの勇気もすぐに枯渇した。
『さあ、知らない』
あたしの知る人の声だった。届きもしないのに、鼻の奥に柊の香りが蘇って、眉間の近くにツンとした熱が込み上げてきた。
ああ、そうか。
柊にとってあたしは、最初から学校という場所の付属品のひとつであって、友人の前でも認知してくれない存在なんだ。
笑い声が聞こえた。もう、誰のものか分からなかった。
ほぼ無意識のうちに引き返していた。
そうでもしなければ、あたしは自分を保てそうになかった。
告白?あの状況で出来るわけない。
一度振られたのに、その直後に振られに行くなんて、死んで殺されに行くようなものだ。
あたしに強靭なメンタルがあれば、入学直後のスタートダッシュに失敗したからといって、屋上に逃げ込んだりしない。
柊に強がってみせるのは、弱いあたしを見せたくないだけ。
結局、あたしは呼び出した場所には行かなかった。
家に帰って、自分の部屋に駆け込むと、涙が溢れた。
一旦気持ちが落ち着くと、手首に巻きついていた”愛の石”を外した。柊に貰ったことが嬉しくて、ついでに、トルマリンって石を調べたら” 友情 “という石言葉もあった。
柊はあたしに、友情を贈ろうとしてくれたのかもしれない。
せめて、そうであって欲しいと願って、砕け散った愛を閉じ込めるように、ブレスレットはアクセサリーケースの中に仕舞った。それ以来、二度と出すことはなかった。捨てることも出来なかった。
──次の日から、あたしは屋上に近寄らなかった。
” 立ち入り禁止 “の貼り紙よりも、柊の拒絶の方が、あたしには効果が抜群らしい。
『なんでこなかったの』
ただ、同じ空間に居るので、たまに出会すことがあって。珍しく体育に出ている柊が、あたしに喋りかけてきた。多分、みんなの前で話すのは初めてだったと思うので、周囲の目線を一斉に集めたのをよく覚えている。
凶暴な女でも、空気くらい読めるよ。
柊を、笑いものにさせたくないよ。
──迷惑だって知ってて、いけるわけないよ。
『……ひと違いだと思います』
完全に他人行儀を決めて、あたしは柊に向かって丁寧に会釈をした。高校生活のうち、柊と最後に交わした会話だった。
最初から、あたしと柊は別の世界に生きていた。だから、簡単に他人に戻ることは出来た。
あたしたちを繋いでいたのは、屋上っていう限定的な括りで、立ち入り禁止の張り紙の先には、足を踏み入れてはならなかった。
「ここから大学まで、意外と近いな」
服を着ることもせず、あたしたちは甘い余韻を遺したベッドに寝転んでいた。
柊はあたしに腕まくらを与えて、スマホで大学までのルートを検索している。腕まくらは、寝落ちしなかったご褒美らしい。寝てやるもんか!って意気込んでいたけれど、完全に裏目に出たようだ。
「そういえば、今度、前の合コンのメンバーで飲み行くらしいじゃん。柴崎は行くの」
柊の視線がスマホからあたしへとスライドされた。
間近で見るアイスブルーの瞳は現実離れした美しさがあって、つい、吸い込まれそうになる。
「……柊は?」
「俺はバイトだから行かない。で、いくの?」
「さあ、わかんない」
「行くなよ」
「……なんで」
「メンドウだから」
「何が面倒なのよ。大体、柊には関係ないじゃんか」
突っぱねるように言い張って、柊の腕の上で反対側を向いてやる。
「……じゃあさ」
衣擦れの音がした。布団の上からゆっくりとあたしを引き寄せた柊は、あたしの髪の毛を掻き分けて、うなじへちゅっと吸い付いてくる。煽るような舌遣いに、余韻を孕んだ下腹部は疼く。
「っ、あ…!」
「首にキスマつけるから、俺に付けられたって言えよ」
「……っは?なに、言って、」
ちゅう、と真後ろでみだらな音が聞こえると、小さな刺激が走った。
「ちゃんと言えたか、あとで長谷川聞くから」
暴力的な色気を纏った声だった。
浴室で鏡を見れば、宣言通り、柊のしるしが首元に咲いていた。
なんの為のマーキングか分からないのに、何故、あたしは柊を受け入れるのだろう。
どうせしるしを残すなら、手首に残して欲しい。
そしたら、あたしが柊の痕をなぞって、上書きできるから。
自分で付けたと、言えるから。
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