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ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。『聖光教会』と言う新たな強敵や今後現れるであろう巨大な敵対組織に対して備えるために、早め早めに準備を開始することにしました。
まず着手したのは、事実上停滞していた町の建設を一気に推し進めることでした。ドルマンさんには兵器開発が少し停滞しても構わない旨を伝えて、ドワーフの皆さんを総動員して建設に邁進することにしたのです。
「本気か?嬢ちゃん」
「今回『エルダス・ファミリー』があれだけ追い詰められても戦えたのは自分達の強固な地盤があるからです。私はそれを見て、地盤の存在を痛感した次第です」
何より驚いたのは今回の抗争で発生した難民の数です。正確な数は分かりませんが、軽く千人を越える難民を私は出来る限りうちで受け入れる事にしたのです。何故ならば、それは貴重な人的資源なのですから。
もちろんこれは『オータムリゾート』のお義姉様に許可を頂いています。と言うか、厄介な難民をうちが受け入れることに感謝されました。
……慈善事業では無いのですけどね。
当然優先すべきはこの難民を養えるだけの食料を初めとした衣食住の確保です。
幸いにして日々拡大する『大樹』の影響範囲に合わせて農園も拡大させています。先月『ターラン商会』から斡旋された人員二百人もエーリカと数人を除いて全員農作業従事者に任命したので、人は足りています。
むしろ、ロウ曰く現状では人員過剰との事だったので、更なる開墾は望むところだったとか。
そして戦闘部隊とドワーフ部隊による人海戦術で集合住宅を次々と建設していきます。幸い石材木材も豊富に産出されるので材料に困ることはありませんでした。
川が流れているので水にも困りません。汚染しないように気を付けないと。
町の建設に平行して抗争により停止していた『ライデン社』との取引の再開を目指します。ダンジョンで無尽蔵に採れる『黒い水』をなんとか売り込みたい。
この水の正体ですが、意外なことにレイミが知っていました。
皆様ごきげんよう、レイミ=アーキハクトです。農園で過ごすある日、お姉さまから見せたいものがあると言われて、用意されたものを見てみたのですが……。
「どうでしょうか?レイミ。これ、使えますよね?」
お姉さまから受け取った瓶には黒い液体が入っていました。そしてこの匂いは、傭兵時代中東で何度も嗅いだことがあるもの。つまり、石油!それも加工されていない原油そのものでした。
言うまでもありませんが、産業革命によって爆発的に発展を遂げる機械化の流れの原動力となった新エネルギー。それが石炭であり石油でした。
石炭よりも更に高い燃焼効率はあらゆる蒸気機関の爆発的な発展を促しました。敢えて乱暴な言い方をするなら、人類の近代以降の発展は石油無くして語れないほどです。
そしてそんなものが無尽蔵に採れる!?これが地球なら間違いなく争いの火種になりますが……この世界で石油の価値を正しく認識しているのは、私のような転生者だけのはず。
そして、『ライデン社』のハヤト=ライデンは間違いなく興味を示すはず。いや、なにを置いても手に入れたいはず。お姉さまはある意味最強の手札を手に入れたことになります。
「お姉さま、これの価値を理解できる人間は少数だと思いますが、ハヤト=ライデンは間違いなく興味を示すでしょう」
「では、レイミも理解できると?流石私の妹ですね」
お姉さまはなぜ私が知っているのか聞くことはありませんでした。
……石油を手に入れた『ライデン社』は、『暁』への支援を惜しまないでしょう。益々お姉さまは強くなるでしょうね。
「『ライデン社』がある帝都まで馬車では一ヶ月以上かかります。ですが自動車を使えば数日でたどり着くことが出来ます」
「確かにそうですが、虎の子の自動車を使うまでもありません。お姉さま、機関車をご存知ですか?」
「きかんしゃ?」
お姉さまが首をかしげました。可愛い。
「はい、最近『ライデン社』が敷設を進めている交通手段です。専用の線路を使わなければいけませんが、今の自動車より速く大量の物資を運ぶことが出来ます」
二年かけて帝都からシェルドハーフェンまでを繋いだのです。平坦な土地が続くので、工事は簡単だったみたいですが反対勢力の活動で二年もかかったとか。リースさんがぼやいてましたね。
とは言え、懐かしい蒸気機関車に年甲斐もなくはしゃいだのは良い思い出です。
あっ、当然駅は六番街にありますよ。『オータムリゾート』が多額の融資を行いましたからね。
これにより、帝都とシェルドハーフェンは夜行も含めて一日の距離になりました。そして帝都の大貴族達がこぞってカジノを利用するようになって『オータムリゾート』も莫大な収入を得ています。
相変わらずリースさんのお金に対する嗅覚は異常です。必ず利益を叩き出すのですから。
「なるほど、いつの間にかそんな便利なものが出来ていたんですね。非常に興味深い。乗ってみたい」
「お姉さまと一緒に列車の旅も悪くないですね」
「ダメだ、お嬢。気持ちは分かるがしばらくはここで過ごしてもらうぞ。ほとぼりが冷めるまでな。妹さんもお嬢を誘惑しないでくれ」
おっと、ベルモンドさんから待ったが掛かりました。
「むぅ、ベルがそう言うなら。今回は使者を派遣して交渉再開の意思を示すだけにしておきます」
「それが良いさ。まずはお嬢も怪我を治さねぇとな」
シャーリィです。レイミから聞いた機関車の旅は次回に回すことになりました。今回は親書と黒い液体を入れた瓶を持たせた使者を派遣することにしました。
そして使者として任命したのは。
「俺かよ。配達員になった訳じゃねぇんだが」
情報屋のラメルさんです。ほとんどうちの専属ですがね。
「ラメルさんには『ライデン社』への届け物をするついでに、帝都で仕事を任せたいのです」
「なにを調べるんだ?」
「マンダイン公爵家について、出来る限りのことを」
私の言葉を聞いたラメルさんは眼を細めてこちらを見てきます。
「正気か?帝国有数の大貴族だぞ。下手をすれば潰される」
「正気です。これまでの情報から、あの一族が怪しいと確信しています」
「それは、黒幕としてか」
「確信はしていますが、証拠はありません。危険な仕事です。嗅ぎ回っていると知られれば消される可能性もあります。ですが、ラメルさんなら出来ると判断しました」
「……やれやれ、そこまで買ってくれてるたぁなぁ。あんなに小さかったガキが、殺し文句を言いやがる」
ラメルさんは頭をかきながらこちらを見据えました。
「腹括るか。報酬だが、金は要らねぇ。帰ってきてから請求するから、そのつもりでな」
「ありがとうございます。こちらを。活動資金にしてください」
私は金貨の詰まった袋を手渡しました。
「有効に使わせてもらう。『ライデン社』については手紙を書く。それじゃ、今すぐ行ってくる」
「ご無事で」
ラメルさんはその日のうちに、レイミが手配してくれた鉄道の切符を使い帝都へと旅立ちました。
これが新たな一歩となることを願って。
シャーリィ=アーキハクト十七歳夏の日、様々な思いを胸に彼女は新たな一歩を踏み出すのだった。
それは、激動の時代の始まりを意味していた。