諸君、久しぶりだ。『ライデン社』会長ハヤト=ライデンである。
『暁』が抗争を行い取引が停止して、我輩の好物である『暁』の野菜や果物が手に入らなくなった。その由々しき事態もようやく落ち着き、再び『暁』との取引を再開しようとした矢先、あちらからの使者が我が社に訪れたのである。
担当である営業のダイロスが面談したところ、相手はラメルと名乗る薄汚れた男だったとか。
その男は親書とちょっとした贈り物を携えていたらしい。早速我輩は親書を読んだ。
内容は、抗争によって取引を中断してしまったことに対する丁重な謝罪と、今後も取引を継続して行いたいとの旨が記されていた。それは良いのだ。
あの農作物が手に入るのならば些細なものである。それよりも我輩の関心を惹いたのはその贈り物であった。親書には無尽蔵に産出されると書かれていたが、この瓶詰めされた黒い液体はまさか!
我輩は逸る気持ちを必死に抑えて、瓶のふたを開ける。そしてそこから溢れる香りは……間違いない!石油だ!まさに我輩が転生して二十年以上探し続けてきた近代化最大のピースに他ならなかった。
石炭は存在しているので必ず石油もあるはずと探し続け、半ば諦めていたものが、まさかこんな形で我輩の前に現れるとは!
歓喜する我輩を他の重役達は不思議そうに眺めていた。無理もない、石油はそれを最大限活かせる設備や知識がなければ飲用も出来ない、使い道の無い液体なのだ。
我輩は皆に対して帝国に革命をもたらす画期的な資源であると説明し、何よりも先に『暁』との交渉とこの石油の確保を最優先とするように指示……いや。
「我輩自らが行く!」
「会長自ら!?」
「お待ちを!相手は新興勢力です!それに会長自らが参られるなど我が社の沽券に関わりますぞ!」
「やかましい!沽券など捨て置け!それだけ必要不可欠なものなのである!ダイロス!手配せよ!数日中に『暁』と会談を行う!」
「はっ!」
わざわざ石油を贈り物として寄越したのだ。それはすなわち、先方はこれの価値を認識していると見て良い。
ならば他の者ではそもそも交渉が成立せぬ。ワシ自らが参る他あるまい!例えどんな無理難題を叩き付けられようと、石油は我輩の夢の実現に必要不可欠!必ず手に入れて見せる!
それから数日後、なんとか予定を空けた我輩は営業兼護衛としてダイロスを連れて、鉄道でシェルドハーフェンへ向かった。帝国の名高い暗黒街に自ら足を踏み込むとは思ってもみなかった。やはり人生とは面白いものである。
そんな二人をシェルドハーフェン六番街の駅で出迎えたのは、燃えるような紅い髪を腰まで流し意志の強さを秘めた金の瞳を持つ美少女だった。
「ハヤト=ライデン会長とダイロスさんですね?『暁』代表の妹レイミと申します。『暁』への案内を務めさせていただきます」
優雅に一礼するレイミ。その服装は、エーリカと同じ赤を基調とした『白光騎士団』の騎士服であった。
「出迎えご苦労」
皆様ごきげんよう、レイミ=アーキハクトです。ライデン会長が直々に来訪されると聞いた私はお姉さまにお願いして、案内役を務めています。
お姉さまは最初危険だからと渋りましたが、ちょっと身体を屈めて上目遣いをすればあっさりお願いを聞いてくれました。まあ、分かっててやったんですけどね。
そして現れたのはお馴染みの営業マンであるダイロスさん。そして、見事なカイゼル髭を伸ばした黒髪短髪初老の紳士。彼がライデン会長なのですね。
「ふむ、華やかな街ではないか」
特別に用意した馬車に乗りながら周囲を見渡すライデン会長。
「ここ六番街は『オータムリゾート』支配下にあります。シェルドハーフェンでもっとも活気のある区画ですよ」
同乗した私が説明する。リースさんの指導により電力を積極的に取り入れた六番街は、日本の繁華街を思い出させてくれます。
「うむ、実に良い。帝都よりも発展しておる」
「会長、それは些か誇張が過ぎますよ?」
「ダイロス、分からんかね?ここは電力を積極的に使っておる。まだまだ試行錯誤であろうが、柵と妨害ばかりの帝都とはまるで違う」
「ええ、この街に貴族や帝室の影響はありません。その区域の支配者が全てを決めますから」
「うむ、素晴らしいのである。我輩も欲しいくらいだ。何なら、『暁』を買い上げようか。それならば好きに実験が出来る。もちろん君達は我が社の社員として厚遇しよう」
自由にやれるシェルドハーフェンに興味を持つとは思っていましたが、買い上げを考えるとは。
放置すれば圧力を掛けてくる可能性もある。お姉さまの目的を邪魔する芽は今のうちに潰す。
「ご冗談を」
「いや、あの黒い水を産出できるならば我輩に任せたまえ。君達より有効に活用して見せる。もちろん君達の待遇も期待して良い」
『ダメだと言っているでしょう。うちは単なる商人ではないのですよ』
私は、公用語ではなく懐かしい日本語で語り掛けます。
『そうなのか、それは……むっ!?』
つられて日本語で返したライデン会長は途中で目を見開いて私を見つめる。
『日本語!?君は日本人なのかね!?』
『そうですよ、やはりあなたも日本人でしたか』
『ライデン社』の開発品などを見てある程度予測していましたが、やはり私と同じでした。
『驚いたな。いや、むしろ話が早い。君と我輩とで世界を変えるような発明をしないか!理解者が居るだけでどれだけ楽になるか!』
興奮したように言葉を投げ掛けてくる。でも、私の意志は変わらない。
『お断りします。誘っていただいたことには感謝しますが、今の私はお姉さまのために存在するのです』
『むっ、姉が居るのかね?ではお姉さんも一緒に雇おうじゃないか。『暁』を我が社の支社にして、君を代表に……』
『『暁』は大好きなお姉さまにとって大切な組織。それをあなたに売り渡すつもりはありません。お姉さまにとって資金稼ぎや軍備拡張、新技術の投入は全てある目的のために必要な手段に過ぎません』
『目的?』
『復讐です』
『むむっ!』
『私達姉妹にとって、それはなによりも大事なこと。それに茶々を入れるなら相応な覚悟をして貰います』
私はライデン会長を見据える。
『同郷として忠告します。貴方はただお姉さまに技術を提供して、見返りで儲けることだけを考えれば良い。下手に干渉して、お姉さまの道を阻むのならば……日本人とて容赦はしません』
『むむむっ……お嬢さん、凄味があるのぉ。前世ではなにを?』
『剣の家に生まれて、自衛隊、傭兵を。貴方は?』
『自衛官さんか……凄味がある訳じゃな。我輩はしがない三流大学の窓際臨時講師じゃ。専攻は近代史。特に工業と軍事史じゃな』
なるほど、だから『ライデン社』は近代化に精通しているわけだ。彼の頭に正解があるのだから。
『ならばその知識を存分に役立ててください。分かっていると思いますが、私が居る以上石油の価値を正しく認識していると考えてください。お姉さまを騙すなら殺します』
『いや、自衛官さんがそれはいかんじゃろ……』
『恵まれなかった前世の話です。既に私には前世の価値観はありません。それに期待しないように。ただ、公正な取引をしてくださるならばお姉さまは必ずあなたの期待以上の成果と見返りを用意してくれますよ』
『そこまで君が信頼を寄せるか。興味が湧くの』
よし、最初に釘をさせた。あとはお姉さまにお任せしよう。
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