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お隣りさん。

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お隣りさん。

6 - 第6話 ガラスケースの薔薇

♥

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2024年07月28日

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授業が終了後、紫音はある建物の前に立っていた。

ホームセンターブルーバード。“お隣さん”が勤める店。

「……気持ち悪!」

紫音は思わず呟いた。

幸せを呼ぶはずの青い鳥の名に反して、黄色い目を見開き真っ赤な舌を出した、薄気味悪い鳥のイラストが描いてある。

こんなに学校の近くにあるのに、自分も含め一部の生徒たちから敬遠されているのは、この不気味なキャラクターのせいな気がする。

(……はっ!だめだめ。こんなことでひるんじゃ!)

紫音は正面入口に向かって歩き出した。


なぜ自分はここに来たのか。

自分が今から何をしようとしているのか。

深く考えないことにした。


ただ、同じ芸術を志す人が困っていて、

自分がその人が必要としているものに心当たりがある。


それだけの理由で、

それだけの目的で、


今、紫音は此処にいる。


「ええと……」

めったに来ないホームセンターの勝手がわからない。

園芸コーナーと花屋を通り過ぎると、天上の高い大きな倉庫のような作りになっている。

木と土の匂い。

大型のシャベルや木材なんかが並んでいる。

「……粘土は?」

とてもありそうには見えない倉庫を見上げて茫然とする。

こんなに広いところで粘土は勿論、城咲さえ見つけられなそうだ。

周りに店員の姿も見えない。

いるのはつなぎ姿のいかつい男と、髭を携えた中年親父だけだ。

せめて何売り場にいるのか聞いておけばよかった。

「出直そうかな……」

思わず呟いた瞬間、

「紫音さん?」

後ろから声をかけられた。


「……え」


そこには両手いっぱいにピンクの花を持った“お隣さん”が立っていた。


◇◇◇◇


「石粉粘土ですか?」

城咲はまとめたピンク色の花の茎に濡れたペーパー、ポリ袋、アルミ箔の順で巻き付けた。

白い薄手の包装紙、赤い厚手の包装紙の順に包みリボンで結んでいく。

「お花屋さん……だったんですね」

その鮮やかな手つきに感心しながら、紫音は呟いた。

「ええ。言いませんでしたっけ」

城咲は微笑みながら出来上がった花束をガラスケースに置くと、ふうと息をつきながら作業台に片手をついた。

「それで、粘土ですか?」

「はい。石粉粘土ってありますか?なんかこの間そんなこと言っていたような気がして」

「ありますよ」

城咲はレジ台に回り込んでいった。

「今、案内させますから待ってくださいね」

そう言うなりマイクホンのコードを伸ばしてスイッチを入れた。


『ポンポンポンポーン♪』

チャイムが鳴る。

『本日はホームセンターブルーバードにお越しいただき、誠にありがとうございます。業務連絡です。文具売り場担当の方、正面玄関までお願いします』

慣れた様子でそう言った。

「あ、ありがとうございます」

紫音は持っていたタブレットケースを持ち直しながら言った。

「………」

城咲はマイクホンを元の場所に戻すと、じっと紫音を見つめた。

「な、何か?」

言うと、

「あ、いや。意外だなって」

「え?」

「紫音さんは陶芸コースじゃないと思ってました」

「え、なんでですか?」

勿論陶芸コースではないが、どうしてそう思わないのか興味があって聞いてみた。

「服も手も、いつ見ても綺麗なので」

城咲はタブレットケースを持つ紫音の白い手を指さした。

「油絵コースでもないし陶芸コースでもない。デザインか、映像メディアか、視覚デザインあたりかなと思っていたので」

「するどい……!」

紫音は思わず拍手した。

「なんでそんなに詳しいんですか?」

「いや、友人に聞いたことがあるだけですよ。友人は陶芸コース出身だったから、いつも手も服も汚れていたので」

「なるほど。……でも、半分正解で、半分外れです」

紫音は長い髪を耳にかけながら目を伏せた。

「私は確かにキャラクターデザインコースです。でもそこは美術系の学校なんで。総合の共通授業では油絵も陶芸もあります。でも……」

「でも?」

城咲が首を傾げる。

「私、ちょっと潔癖症なんです。重度じゃないけど。粘土をこねたり触ったりするの苦手だし、油の匂いも苦手で。だから共通の授業はあまり好きじゃないし、終わった後は死ぬほど手を洗うんです」

「……なるほど」

城咲は顔をしかめるわけでもなく、だからといって可哀想なものを見るような同情の視線も送ることなく、ただ自然に紫音を見下ろした。

「だからいつも手が綺麗なんですね」

「……綺麗ってほどじゃないですけど」

紫音が目を細めると、


「じゃあ、これも触れない?」


城咲は紫音に向かって手を差し出した。


「………」


その手を見つめる。


節がしっかりした男の手。

掌が大きい。指も長い。

先ほどまで綺麗な花束を魔法のような手つきで作っていた手。

綺麗だ。


それでも―――。


「そうですね。触るのには抵抗があるかも」


唇を結ぶ紫音に、城咲は静かに微笑んだ。


そのとき、


「あの、何をお探しですか?」


後ろからブルーバードの不気味なエプロンを付けた店員が近づいてきた。

「彼が文具担当ですよ。あとは彼に聞いてください」

城咲はそう言いながら手を引っ込めた。

「田原君。この子、僕の親戚。石粉粘土の場所を教えていろいろ説明してあげて。あと清算は家族割引でお願い」

城咲がそう言うと、髪の毛を茶色く染めた青年は「うす」と小さく頷いた。

「城咲さん、私、そんなつもりじゃ……」

遠慮しようとすると、城咲は紫音の言葉を遮った。

「紫音さん。お目当てのものが買えたらここに寄って」

「え?」

「いいものあげる」

そう言うと、城咲は少し顎を引き、上目遣いで微笑んだ。


◇◇◇◇


(ちゃんと建物もあるんだ……)

倉庫のような売り場の奥に、コンクリート造りの店があった。

自動ドアが開く。

明るい店内に一瞬目がくらみながら、田原と呼ばれていた店員の後をついていく。

(城咲さんって変わった人だな……)

紫音は前を歩くわしゃわしゃと犬の毛のように乾燥した茶髪を眺めながら思った。


整った顔。

清潔感のある佇まい。

頭も良さそうなのに、

こんな薄汚いホームセンターで花屋をしている。

その割にベンツなんて乗っていて、

遠距離の婚約者との生活の為にマンションを買って待っている。

知れば知るほどわからなくなる、不思議な人―――。


「えっと」

前を歩く田原が振り返った。

「粘土だとここらへんなんですけど、石粉粘土でしたっけ?」

「あ、そうです」

田原がしゃがみこんだのに合わせて、紫音もその隣にしゃがんだ。

「一番ポピュラーなのは、これですかね。“ミルプルエ”。柔らかくて造形がしやすい。同じくらい柔らかいので言うと、これかな。“Mrsレイク”。硬いのは“ユアネッタ”とか“プルネッタ”も結構硬いかな」

「あ、それです!」

紫音は店員が最後に指さしたプルネッタを手にした。

「あ、それですか?」

田原はちょっと安心したように頷くと、「1つで大丈夫ですか?」と付け足した。

(そっか。どれくらい必要かわかんないな……)

紫音は迷った末、500g入りの粘土を3つ手に取ると、田原と一緒にレジに向かった。


◇◇◇◇


「2割引きもしてもらっちゃった」

レシートを見ながらなんだか申し訳ない気分になる。

紫音は粘土が入った袋をぶら下げながら自動ドアを出た。

“いいもの”目当てではないが、お礼くらい言わなければ。

紫音は薄暗い木材売り場をつっきり、その先でやけに明るい花屋を目指し、歩いて行った。


「お目当ての物はありましたか?」

城咲は先ほど作った花束の為に切り落とした葉っぱや茎の掃除をしているところだった。

「あ、はい。本当にありがとうございました」

紫音はぺこりとお辞儀をした。

「それはよかった」

彼はそう言うと、柄の長い箒と塵取りをパチンとひとセットにし、その作業台の下から何やら15㎝四方の箱を取り出した。

「これをね、紫音さんに差し上げようと思って」

城咲が箱を開けるとそこには、ガラスドームに入れられた黒い薔薇が入っていた。

「プリザーブドフラワーのサンプルです」

「……プリザーブドフラワー?造花の一種ですか?」

紫音はそれを覗き込みながら聞いた。

「造花ではありません。本物の花の加工品です。生花のうちに色素を抜き、薬の入った特殊な染料を吸わせることで、色鮮やかな美しさを長期間楽しむことができます」

「つまりは人口の染料……?」

「そうです。だからこんな特殊な色も出せる。水やりの必要もなく長くお楽しみいただけますよ」

城咲はニコニコと微笑んだ。

「そんな特別なもの、いただけません……!」

紫音が首を横に振ると、

「さきほども言いましたが、これはサンプルなので、こちらの元手は生花の薔薇、数本です。

今日業者から届いたんですよ。まあこれでOKを出したので、来月から商品化していくわけですけど、実際にこの色は商品としては出せないので」

城咲はそういいながら、ガラスドームをくるくると回して見せた。

「濃い色味を吸わせてどれだけ形が綺麗に保てるのか試したかっただけですし」

ーー確かに黒い薔薇は贈り物には適さないかもしれない。

「……本当に貰っていいんですか?」

「どうぞどうぞ。リビングにでも飾ってください」

城咲はそう言って微笑むと、「せっかくだからラッピングしますね」と、そのガラスドームを作業台に置いた。

(不思議なところが多いけど、いい人……)

紫音はその美しいとも言える包装技術を見ながら、

(そしてイケメン……)

口元をほころばせた。

(お隣に素敵な人が引っ越してきてくれて、よかったな……)

なんとなく視線を上げる。


ガラスケースにあった先ほどの花束は、もう客が取りに来たのだろうか、いつのまにか無くなっていた。


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