ガラガラガラ……
私を乗せた馬車は辺境への街道をゆっくりと進んで行いきました。
王都で晒し者にされた恥辱に心をすり減らしていた私は完全に自失しておりました。
鉄格子のみで視界を遮るもののない荷台から見える景色は流れていく。この時、私はそれをただ黙って眺めていたのです。
王都で最後に見た光景は悪意と憎悪の目を私へ向ける群衆。それが今は、のどかな田園風景に変化していました。ですが、平和な景色も私の心を動かすことはありませんでした。
ただただ悲観的な思考の中に私の心は囚われていたのです。
視線を落とした先に見えるのは、私を拘束する手枷――それは私の名誉と権利が奪われた証し。
「死にたい……」
顔を上げた私の視界に入るのは、鉄格子だけで剥き出しになった荷台――私の尊厳を踏みにじった象徴。
「消えてしまいたい……」
揺れる檻の中で生きる希望を失った私は、ただ自死したいとばかり考えていました。ところが不思議なもので、死にたいと思い、死ぬことばかり考え、死のうと決心したはずなのに、体が動かなかったのです。
私は未来への望みを失くし、全てに絶望しました。それなのに死ねなかったのです。矛盾しているようですが、人は死ぬのにもかなりの気力と活力が必要なようです。
私は死を選びながらも、それを実行する程には回復していなかったのです。皮肉にも牢の投獄で疲弊した心身が私を生かしたのでした。
「辺境の地に入ったぞ!」
先頭で馬を走らせていた騎士の通告に、他の騎士達の気も張り詰めたのが分かりました。
「ここがリアフローデンか」
「話に聞いたよりも普通だな」
「おい、気を抜くなよ」
「ああ、既にここは魔獣の領域だからな」
護送中、私の前で口を開かず黙って騎士達。そんな彼らがリアフローデンに入ると騒がしくなりました。きっと彼らも不安なのでしょう。
――辺境の地『リアフローデン』
ここは無数の魔獣が跋扈する国から半ば見捨てられた領土。慣れない土地、不便で貧しい生活、魔獣の脅威に怯える日々……
それが私のこの地へ訪れる前に持っていた辺境への印象でした。
希望を失い、死んでもよいと自棄になっていた私でも、辺境に入ってから恐怖という感情が湧き上がってきました。
ガタッ、ガタガタッ、ガタッガタッ……
急に車輪がうるさく音を立て、車体が何度も跳ねました。どうやら街道の状態が非常に悪いようです。檻の外を見れば、まだ開拓途上の文明の匂いが感じられない自然の溢れる土地へと変貌していました。
先程の騎士の一人が漏らした感想は正しく、確かにただ自然の多い普通の土地でした。しかし、ここは森の奥、岩の陰、あるいは空から、いつ魔獣が出現してもおかしくない大きな危険を孕んでいる場所なのです。
「私は立派な聖女になるべく一生懸命に努力してきました……」
私が涙ながらに頭に浮かぶのは王都で研鑽を積んだ日々。
「エリーが遊んでいる間も私は聖女として真面目に務めていました……」
エリーは聖女としての修練を怠り、自分のやりたい聖務だけを行っていました。それに対し私は王家の為に、クライステル伯爵家の為に、民達の為に、そしてアルス殿下の為に聖女の務めを果たしていたのです。
「それなにに、どうして私がこんな目に……」
アルス殿下はエリーを選び、王城では誰も私を擁護せず、お父様もお母様も私を見捨て、民衆は私を罵倒しました。彼らの全てを護ってきたのは私なのに。護ってきた人々から何故これほど酷い仕打ちを受けなければならないのでしょう?
「私がエリーの言う悪役令嬢だから?」
いったいそれは何だと言うのでしょう?
どれ程の善行を積み上げても、ただ悪役令嬢という一言で全て覆されてしまうものなのでしょうか?
「町が見えたぞ!」
先行していた騎士からの報告に皆がほっと安堵した表情になりました。それとは逆に私は荒涼とした町を見て絶望の色をより強くしました。
ここは王都とは比べるべくもない文明の開けていない未開の地『リアフローデン』。それだけ魔の勢力が強く、聖女である私には土地に満ちる魔が強く感じられました。ですから、この場の誰よりも辺境の恐ろしさが嫌でも分かったのです。
そんな光景を檻の中から見ていた私の口から、自然と諦念の言葉が漏れ出ました。
「ここで……私は生きなければならないのですね……」
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