テラーノベル
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生放送が終わり、マネージャーから阿吽の呼吸で受け取ったスマホを見る。病院からの連絡は……無し。翔太からのLINEも未だ届いてなかった。番組中にその一報を貰ったから、本当なら一緒にいて分娩室で手を握ってあげたかったのに、それも出来ない。こういう時、男は何で無力なんだろうと思う。初めての出産には必ず立ち会うって誓ったのに。
俺は、エレベーターを待つことももどかしく、重い扉を開け、非常階段を鬼の形相で駆け降りて行った。
💚「だから……っ!仕事っ、10日間…いや、せめて1週間は休みたいって言ったのに……!!」
気づけば番組の衣装のままだ。
でもそんなことは構っていられない。
翔太の、いや翔太と俺の、大事な瞬間に立ち会えないことの方が万死に値すると思った。テレビ局を出ると、急いでタクシー乗り場に向かう。運悪く人が並んでいる。途方に暮れて地面に膝を着くと、ブォンブォンとアクセルをふかし、ものすごい勢いで、一台の大きなバイクが目の前に停まった。
💛「乗れ」
投げられたヘルメットを受け取り、間髪入れず後ろに跨ると、照の運転するバイクは勢いよく駐車場を飛び出して行った。
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『旦那様来られましたよ〜』
妊婦にストレスをかけないように配慮したのか、あまりにものんびりとした明るい口調で病室の看護師が言うので、俺は怒鳴りつけたくなるような気分で翔太の横についた。
が。
翔太は涼しい顔をして、水筒から水を飲んでいる。
💚「えっ!!大丈夫なの?赤ちゃんは?」
💙「ばーか。まだ産まれてねえよ」
額に汗が浮かんでいたので、渡されたガーゼで優しく拭うと、翔太は、にっと白い歯を見せて笑った。
💙「おい、パパ間に合ったぞ、良かったな」
言い、大きく膨らんだ下腹のあたりを撫でる。俺ははっとして、翔太の手の上から自分の手を重ねた。
💚「ごめんね?パパお仕事終わったから、もう離れたりしないよ。ママとパパ…」
💙「いたたたたた……!ちょ、いてぇ!!!」
お腹の子におちおち声を掛けてやることもできず、急に翔太が苦しみだした。
陣痛は何度かに分けて来ると聞いていたので、今その波が来ているのだろう。翔太の中に宿った俺たちの新しい命が、翔太の中から出て来ようとしている。
苦痛に歪む真っ赤な顔が、汗と涙ででろでろの翔太が俺にはとても美しく見えた。
堪らず手を握ると、俺の手が潰れるかと思うほどに握り返してきた。
…痛い。
いや、耐えよう。翔太の痛みに比べたらこんなもの大したことない…。
翔太は阿鼻叫喚で痛みを訴えている。
さっきまで余裕を見せていた付き添いの看護師たちの動きが俄かに慌ただしくなってきた。いよいよ、分娩室に移動することになるのかと緊張していたら、男性の妊娠の場合は、腹部切開になると早口で説明を受け、それはそれで痛そうだなとゾッとした。
💚「翔太、頑張って」
💙「……はぁ…んっ……」
翔太は言葉こそ発しないものの、こくこくと何度も頷いて、酸素マスクのようなものを付けられ、手術室へとそのまま入って行った。
💚「やばい……俺、泣いちゃうかも…」
手術室のドアが閉まるのを見届けて、呟くと、隣りで俺たちの様子を見ていた照が号泣していたので冷静に戻り、ドン引きした。
いや、父親俺な。手を組み、ひたすらに翔太とまだ見ぬ子供の無事を祈る。
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💚「可愛い、ちっちゃい。ヤバイ!翔太、ありがとう泣」
俺と翔太の初めての子供は、なんとも可愛らしい女の子だった。
一目でわかる。この子は、絶対に将来、美人になる。大きな瞳に通った鼻筋、可愛らしくもキスしたくなる唇。絶世の美女として、世の男どもの争いの火種になるかもしれない。それほどに、俺たちの娘は生まれながらにして大優勝の見た目をしていた。
💛「本当に可愛いな」
照の目尻なんか下がりっぱなしで、抱かせてくれとうるさい。いざ抱かせてみると、もううちの娘に心臓を撃ち抜かれている。可愛すぎるから、無理ないけど。なんかヤダ。
💙「おいで」
翔太の胸に収まると、娘はおとなしくなった。やっぱりママが一番落ち着くらしい。何度触っても飽きない、吸い付くようなぷっくりほっぺ。俺は、翔太にキスをして、もう一度ありがとうと言った。
翔太もキスを返してくれて、来てくれてありがとうといつになく素直に微笑んだ。そして、少し寝るねと言って、娘を俺に託すと、よほど疲れたのだろう、翔太は本当に寝息を立て始めた。
俺たちは親になったんだ。
これからますます頑張らないといけないなと、父親になった俺は気を引き締める。
💚「翔太、愛してるよ」
目を瞑って眠っている翔太の額にキスを落とすと、片腕で娘を抱いたまま、俺はその柔らかい髪を撫でた…………
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💙「ほんっと、気持ち悪い顔してるな。一体どんな夢見てんだよ」
ソファで、うたた寝をして、いつの間にか翔太の肩に凭れていた俺の視界に、翔太の呆れ果てた顔が飛び込んできた。涎が垂れている。慌てて啜って、手の甲で拭った。
💚「んっ!?照は???ジャナクテ、赤ちゃんは?俺たちの娘はっ??」
💙「何の話だそりゃ」
立ち上がって、離れてキッチンヘ向かう翔太のお腹は少しも膨らんでないし、赤ちゃんも抱いていない。大きめのTシャツが腰まで隠しているけど、マタニティじゃなかった。短いパンツから白くて綺麗な脚がのぞいている。
💙「子供なんか出来るわけねぇだろ、俺たち男同士だし」
💚「エッ」
すっかり夢の中の常識を信じ込んでいた俺は少なからずショックを受けてしまい、頭を抱えた。
そうだ。
仲の良い友人に、昨日可愛い娘が生まれて、俺たちに子供が出来たら可愛いのになあと夢想したことを思い出す。そのせいで、こんな夢を見たのか……。
目をゴシゴシと擦ると、コーヒーを淹れ始めた翔太を後ろから抱く。
💚「わかんないじゃん。俺の赤ちゃん産んでよ。時代は進んでるよ?」
耳元で囁いた息がこそばゆいのか、翔太が一瞬、怯んだ。耳朶を優しく噛む。翔太は甘い吐息を漏らした。
💙「んっ。やめろ……」
💚「俺の、ミルク多めでお願いね」
顎を取り、キスをすると、いつまでも照れ屋な翔太は頬を膨らませて、頷いた。
可愛い。
いつか本当に科学が進んで、俺たちみたいな同性カップルから愛らしい子供が生まれる日が来るかもしれない。俺と翔太から生まれる子供なんて、マジで可愛いだろうなあと思わずにやけた。
💚「そうしたら、芸能界なんか引退して親子3人で南の島で暮らそうよ」
💙「はいはい」
最後には翔太は調子を合わせて、夢想癖のある俺を優しく宥める。
💙「阿部に似た賢い子供だといいな」
💚「ヤダ!翔太に似た可愛い子がいい」
💙「……阿部に似ても可愛いだろ」
💚「えっ?えっ?俺っ、可愛い?」
💙「あーうるさっ!!」
出来上がったコーヒーをぶっきらぼうに差し出す翔太が可愛くて、俺は淹れたばかりのコーヒーが溢れそうになるのも構わず腕ごと引き寄せ……腹のあたりを盛大に火傷した。
コメント
17件
お腹大丈夫か!?
可愛い((o(。・ω・。)o)) 懲りない私はどこでも読んでしまう。 ベンチでニヨニヨする変な人になりました。
パラレル!期待してます🙏🎉