俺とテオが乗り込んだ定期船便は、予定通りインバーチェスの街を出発してから4日間で、目的地であるエイバスの街の港へと到着した。
空も海も赤みがかった琥珀色に染まる夕暮れ時。
船を降りてすぐ、腰に付けた銀時計をちらっとのぞいたテオが言う。
「17時半かぁ……なぁタクト、エイバス冒険者ギルドは18時までだったよな?」
「ああ、確かそれぐらいだった気がする」
「じゃあ急いで行ったらぎりぎりダガルガに会えるかもっ」
「そうだな」
エイバスの港は、街外れの独立エリアに作られている。
対して冒険者ギルドは街の中央広場付近と少々距離があるため、もたもたしていてはダガルガが仕事を終え帰ってしまう可能性が高い。
ゆっくりと夕陽が沈んでいく中、俺達は急ぎ足で冒険者ギルドを目指した。
「今日はもう終わりだぞ……って、お前ら! ひさしぶりじゃねぇかッ!!」
閉店直後の冒険者ギルドの扉を開けた俺達に気付いたのは、他に誰もいないホールで1人、モップ掃除をしていた大柄なギルドマスター・ダガルガだった。
「すいません、急に来ちゃって」
「いいってことよ! ギルド便で送った手紙、読んだか?」
「はい」
「読んだよっ」
「そうかそうか。手紙にも書いたけどよ、安全宣言発表した時、ほんっと街中すごかったんだぞ。特に職人街のほうは、あっちこっちでみんなして酒盛りをおっぱじめててなァ……あんなに嬉しそうなじじい共は初めて見たぜ!!」
「だろうね~」
「良かったです」
満面の笑みで語るダガルガに、俺もテオも笑顔でうなずく。
「にしてもお前らはまだトヴェッテにいるとばかり思ってたから、ちと驚いたぜ!」
「トヴェッテでの用事が片付いて、次の目的地へ向かう途中でエイバスも通ることになったから、ついでに顔出したんだよー。行き先決めてから割とすぐエイバス行きの定期船便に乗ったから、ギルド便で知らせるより直接来たほうが早いと思ってさ!」
「違ぇねェ、ガハハハ!」
テオが説明すると、ダガルガは大きな声で笑った。
相変わらずの野太い笑い声に、俺は何だか安心感を覚えた。
笑い終わったダガルガがたずねる。
「で、お前ら次はどこに行くんだ?」
「えっと、ニルルク村に行こうと思ってます」
「ニルルクか……まぁあの辺もダンジョンが出来ちまって大変らしいからな……」
少し真面目な顔になるダガルガ。
「やっぱりダガルガのほうにも話が来てるんだ?」
「まぁな! 色々教えてやりてぇけど、今日はまだ仕事が残っててよォ……」
とダガルガは、手元のモップを残念そうに見やる。
「ギルド長、いいですよ」
ギルドの奥から急に女性の声がした。
ぱっと反射的に、3人揃って声が聞こえたほうを見る。
「あ、ステファニーさん!」
先程の声の主はエイバス冒険者ギルドの女性職員・ステファニー。
本人がいないところで『ギルドの影のボス』と呼ばれる彼女は丁寧に頭を下げた。
「おひさしぶりです。その節は、誠にありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
つられて俺もぺこっとお辞儀。
「ギルド長。残りの閉め作業は私と他の職員で担当しておきますので、ギルド長はもう帰っていいですよ」
「え、いいのか?」
「はい、お話しなさりたいことがおありなのでしょう。タクトさん達がいらっしゃるなんてめったにないですし、後はこちらで何とかします」
ステファニーはにっこり笑った。
快く送り出してくれたステファニーに礼を言い、俺とテオとダガルガはエイバス冒険者ギルドを出る。
周りを気にせず喋れるだろうからと、ダガルガの自宅で飲みながら話すことに決めた。
途中でエイバス正門へと寄り、ちょうど守衛の仕事が終わりかけのウォードに声をかけたところ、「仕事が終わり次第、俺も合流する」との答えが返ってきた。
なおウォードも誘うつもりだということは、彼の妻であるステファニーにもあらかじめ伝え済みだ。
ダガルガが住む石造りの2階建て一軒家は、繁華街の外れ辺りに建っていた。
行きつけの飲み屋からも職場の冒険者ギルドからも近く、飲んだ後は即帰って寝られ、かつ朝は出勤ギリギリまで寝られるのが、この物件のポイントなんだとか。
なお普段の生活は1階のリビング・キッチン・寝室だけで事足りていて、2階は全く使っていないらしい。
ってなわけで「今夜飲んだあと、自由に2階へ泊まってくれて構わねぇぜ!」と。
俺とテオは遠慮なくお言葉に甘えることにした。
家に入ってすぐに案内された15畳ほどのリビングには、飾り気が一切ない木製のテーブルと椅子4脚とだけが置いてあり、文字通りがらんとしていた。
部屋の中をきょろきょろ見回しつつテオが言う。
「なんかさー、ダガルガ1人で住んでる割に広くない?」
「だよな!! 家なんざ帰って寝るだけだし、掃除も面倒だし、もうちょい狭いほうがいいんだがよォ、周りが色々うるせぇんだ、ガハハハ!」
「もしかして、家庭もった時にうんぬんってやつ?」
「お、よく分かったな! まだまだ1人で自由を楽しみたいってのに、しょっちゅう見合いだのなんだの言ってきやがる。気楽だった冒険者時代が懐かしいな……ま、とにかく飲もうぜ!!」