それから間もなくして、噂の聖女の情報が次々と私の元に入ってくるようになってきました。
王太子妃教育のおりに王妃様から王家が調べたその娘について拝聴する機会が増えたのです。どうにも王家は新たな聖女の誕生にかなり気を使っているようでした。
「以前に話題にした巷間の聖女ですが、どうやらマルシア男爵の嫡男ディグル様のご落胤らしいのです――」
エンゾ様も彼女の事を気にしておいででしたので、2人で王都の結界を張る聖務の合い間にそれを話題として口にしました。
彼女の名前はエリー・マルシア。
私と同い年の16歳の令嬢です。
彼女の母はマルシア男爵家のメイドでした。ところがある日、男爵の嫡男に乱暴され妊娠してしまったのです。身分の低いメイドを嫡男の配偶者にもできず、困った男爵は悪評が立つ前にわずかな金銭を渡してそのメイドを屋敷より追い出してしまったのです。
「まあ、男爵様がそんな無慈悲なまねを……」
「はい、渡された金額もはした金だったらしく、すぐに底をついてしまったようです」
「何の援助も無く女手一つで子供を育てるのは大変なことだったでしょう」
エンゾ様のお顔が暗く沈みました。その予想は正しく、彼女の母は若くして無理がたたり、過労で儚くなってしまったそうです。
「本当に痛ましい話ですね」
「私も聞いた時には怒りを禁じ得ませんでした」
残されたエリーはまだ幼く、孤児院に預けられました。
「もしかして、その時のごたごたで洗礼を受けられなかったのかしら?」
「そのようです。それから今日まで彼女は孤児院で暮らしていたそうです――」
幸い彼女は孤児院で明るく元気に育ち、とても快活で可愛らしい娘に育ちました。そして、数年前に聖女の力に目覚めた彼女は、その力を使って周囲の人々を助けていたそうです。今では市井でかなりの人気を集めていると王妃様よりお聞きしました。
「――その為、国が動いて彼女を男爵家の娘として認知させようと動いているようです」
私が話し終えると、納得したようにエンゾ様は頷かれました。
「ミレーヌの情報なら本当なのね。これであなたの負担を減らせるわ」
「私の事は良いのです。彼女が素晴らしい聖女であればそれで……」
「ミレーヌはまたそんな事を……でも良かったわ。良い子そうで」
情報通りなら民思いの心優しい娘のようですので、私もエンゾ様もこの慶事を共に喜んだものでした。
それから時を待たずしてエリーは聖女と認定されました。彼女は我流で聖女の力を使用していましたので、まずは私とエンゾ様で彼女の教育を受け持つよう依頼がありました。
新たな聖女を望んでいた私とエンゾ様に異存などあろうはずもありません。すぐに私達とエリーとの顔合わせの場が設けられました。
当日、私とエンゾ様が待つ部屋に現れたのは愛らしい1人の少女……
それは殿下と初めてお会いした時に見たスリズィエの花を思わせる薄桃色の髪、空の如く澄んだ青い瞳の愛らしい娘でした。
「初めまして。私はエンゾと申します」
まずはエンゾ様がご挨拶なさいました。
「私はミレーヌ・クライステルと申します。以後よろしくお願いいたします」
「あなたは……」
見てわかる程がちがちになっているエリーの緊張を解そうと、できるだけ柔らかく微笑んで挨拶をしました。ですが、何故かエリーは私を見て大きく目を見開いて驚いたのです。
「どこかでお会いしたかしら?」
私の方には彼女に見覚えがありませんでしたので、驚く彼女に私は首を傾げました。
「思い…だした……」
やがて口を開いた彼女は、私を見て続けてこう言ったのです。
「……『悪役令嬢』」