少し湿った夕方の匂いが、風に運ばれて香る。
あの時も同じ匂いがしていた。
並んで歩いた家までの帰り道。
2人の足音が重なる瞬間に、胸があたたかくなったりして。
このTシャツは、あの時に置いていったもの。
未だに洗えないままでいるそれに
ふとそんなことを思い出した。
2人でいた空間にぽつんとひとり、
殺風景な部屋が余計にそう感じさせる。
もうここにあなたはいない。
あなたがいたあの時間が、あなたが、戻ってくることもない。
笑顔で見送ることも背中を押すこともできず、
最後にあなたに見せたのは、どれもこれも弱い俺ばかりで。
もう少し強くいられたら、今頃こんなに後悔することも無かったんだろうか。
ならもういっそ、俺が見ていないうちに、
俺に見つからないように、
俺の知らないどこか遠くへ飛び立ってほしかった。
そんな俺の気持ちを見透かしたように
カーテンが少し物憂げに揺らぐ。
俺もこんな風にいられたらなんて思う反面、
ひとりじゃないように思えた自分もいて。
こんなこと言ったらあなたは、センチメンタルだなって笑うのかな。
俺はただ、俺のそばで、笑っていてほしかっただけだったのに。
『夢ができたんだ』
『芸能界に入って、すげぇ俳優になる』
『へぇ。いいじゃん、頑張って』
『なぁ、仁人』
『ん?』
『好きだよ』
『何いきなり。俺も好きだよ』
『俺と、別れてください』
『…は、何言ってんの』
『夢、叶えたいから?』
『…うん』
『お前の夢に、俺は邪魔だってこと、?』
『違う、…まって、じんと、』
『もういいよ、何も聞きたくない』
久しぶりに、テレビを点けた。
画面の中に映る笑顔は、
あの頃隣にあったものと変わらないままで。
大きく表示された名前のテロップ。
夢、叶ったんかな。
「おめでとう。」
あの頃のままじゃ言えなかったであろう言葉。
画面の向こうへ届きますようにと願いを込めて。
コメント
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だめだ、悲しい系はどうしても泣いてしまうま