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その日、流星は真理亜とともに、指定された喫茶店に向かった。
大阪市内にある古びた純喫茶。
カウンター席の奥に、ひとりの男子高校生が座っていた。
――田中樹。
かつて、流星の“親友”だった少年。
樹は、流星に気づくと、顔を少しだけ背けた。
けれど、逃げはしなかった。
真理亜がドアのそばに立ったまま見守る中、流星は静かに向かいの席に腰を下ろす。
流星:「久しぶり」
田中樹(以下樹):「……ああ」
たったそれだけのやり取りに、数年分の距離があった。
流星:「俺が来るって聞いて、驚いた?」
樹:「まあな。……警察とか、学校とか動き出してるのに、よく顔出せたなって思ってる」
流星:「うん。逃げても意味ないと思って。ちゃんと……なんで、あんなことしたのか知りたくて来た」
樹は、数秒沈黙したあと、視線を流星から外したまま、ぼそりと呟いた。
樹:「……お前が、ムカついたんだ」
流星は驚いた顔を見せるも、口を挟まなかった。
樹:「中学んとき……ずっと一緒にいたじゃん。くだらないことで笑って、帰りにコンビニ寄って、あの頃……楽しかった。でも、途中からお前ばっかモテて、女子に“かわいい〜”とか言われて、写真撮られて……」
流星:「俺が……モテたから?」
樹:「違う。……“かわいい”が似合うのが、お前だって気づいてしまったからだ」
流星が、一瞬目を見開いた。
樹:「俺な……お前が“かわいい”って言われてるの見て、イラついたんだよ。でもそれは嫉妬とかじゃなかった。……“好きだった”んだ、きっと」
流星の息が止まった。
樹:「でも、自分が男で、男を好きになるなんて認めたくなかった。だから、お前のこと“ぶりっこ”や“オカマ”って言って、勝手に自分の気持ちから目を逸らした」
流星:「……」
樹:「高校に入って、お前のシェアハウス生活がSNSで流れてきてさ。“またキラキラしてるな”って思って――気づいたら、匿名で叩いてた。……最低だろ?」
樹は、乾いた笑みをこぼした。
樹:「でもな……俺、お前に嫌われたかったんかもしれない。もう、自分の気持ちに向き合いたくなかった。だから、“壊して終わらせたかった”」
流星は、静かに唇を噛んだ。
――好きだったから、壊したかった。
――怖かったから、手放したかった。
流星:「俺……樹のこと、好きやったよ」
小さく、それでいて真っ直ぐに、流星が言った。
流星:「友達としてやけど、ほんまに大事な存在やった。だから、裏切られた時、めっちゃ傷ついた。でも、今日話して……少しだけ、わかった気がする」
龍也は、顔を歪めて、言った。
樹:「……今さら許されると思ってない。でも、ちゃんと向き合ってくれて、ありがとう」
流星は、席を立ちながら一言だけ告げた。
流星:「樹。俺は、もう演じへん。これからは、自分の言葉で生きていく。……樹も、ちゃんと“本当の自分”を見つけてな」
振り返らずに歩き出す流星。
その背中に、樹がかすかに呟いた。
樹:「ありがとう……流星」
喫茶店の外で待っていた真理亜が、何も言わずに横に並ぶ。
そして歩きながら、優しく微笑んだ。
真理亜:「よかったね。……ちゃんと、自分で終わらせた」
流星:「……うん。正直、怖かったけど。でも、逃げんかったことだけは、褒めてやりたいかも」
真理亜:「流星くん、すごいよ。もう、“かわいい”だけの男の子じゃないね」
流星:「ふふっ……なんやそれ。でも、ありがとう、真理亜ちゃん」
その笑顔は、仮面じゃない、ほんとうの笑顔だった。