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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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「——私、水野翼に会う」
一花の言葉を聞いた瞬間、俊介の表情が固まった。
「……は?」
聞き間違えたのだと思ったのかもしれない。けれど一花は視線を逸らさず、そのまま続けた。
「水野って、まだ警察にいるんだよね?」
「お前……何言ってんだよ」
「留置所にいるなら、面会できるよね? 担当の刑事さんに聞けばいいのかな。それとも、直接警察に——」
「……本気で言ってるのか?」
低い声に遮られ、一花は口を閉じた。
俊介は信じられないものを見るような目でこちらを見ている。
「うん」
「何考えてんだよ。あいつは家に火をつけたんだぞ」
俊介が椅子から立ち上がる。押し殺していた感情が、声とともに溢れ出した。
「お義母さんを殺して、悠真をあんな目に遭わせた男だぞ。そんな奴に、わざわざ会いに行くっていうのか?」
「分かってるよ」
「分かってないだろ!」
思いのほか大きな声が病室へ響き、一花の肩がびくりと揺れた。
それに気づいた俊介は一瞬だけ言葉を詰まらせたものの、すぐに苦しそうに顔を歪める。
「会ってどうするんだよ。何を聞いたって、起きたことは変わらない」
「それでも、聞きたいの」
「だから、何を」
「どうして私だったのか。どうして家に火をつけたのか……あの人が言ってた『助けた』って、どういう意味なのか」
一花は膝の上で手を握りしめた。
「何も分からないまま、全部忘れるなんてできないよ」
「俺は、できるなら忘れたい」
「俊介……」
「もう終わったことにしたいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、一花の胸の奥がひやりと冷えた。
俊介にとっても、あの夜は忘れてしまいたいほど苦しい出来事なのだろう。それは分かっている。
けれど、“終わったこと”という言葉だけは、どうしても受け入れられなかった。
母はもう帰ってこない。悠真もまだ目を覚ましていない。
そして鏡を見るたび、自分の身体に残された火傷が、あの夜のことを否応なく思い出させる。
一花の中では、何一つ終わってなどいなかった。
「……ごめん」
俊介の気持ちを否定したいわけではない。
それでも、ここで引き下がることだけはできなかった。
「でも私、やっぱり会いたい」
俊介はしばらく一花を見つめていた。
やがて諦めたように目を逸らし、掠れた声で告げる。
「……俺は賛成できない」
それだけ言い残し、俊介は病室を出ていった。
閉じられた扉を見つめながら、一花はゆっくりと息を吐く。
俊介とこんなふうに意見をぶつけ合ったのは、いつ以来だろう。
以前なら、どちらかが折れて、少し時間が経てばまたいつもの二人に戻れた。
けれど今は、その“いつも”がどこにあるのかさえ分からない。
水野のことを、許せるはずがなかった。母を奪い、悠真をあんな目に遭わせ、自分たちの暮らしを何もかも壊した男だ。
憎い。
思い出すだけで、胸の奥が焼けるように熱くなる。
あの男さえいなければ、お母さんは今も生きていた。悠真だって、こんな目には遭わなかった。
殺してやりたいとさえ思う。
そんな相手を実際に目の前にした時、自分がどうなってしまうのか。一花自身にも分からなかった。
怒鳴りつけるだけでは済まないかもしれない。顔を見た瞬間、何も考えられなくなるかもしれない。
それでも、確かめたかった。
どうして自分たちだったのか。なぜ水野は、あれほどのことをしておきながら、自分を『助けた』などと言ったのか。
憎しみに飲み込まれるのが怖くても、その答えだけは、自分の耳で聞かなければならない気がした。
火災から三週間ほどが経った頃、一花はようやく退院を許された。
もちろん、それで治療が終わったわけではない。顔から首、腕に残った火傷はまだ生々しく、これからも長く形成外科へ通わなければならなかった。
俊介と二人で向かったのは、火災後に用意された小さな仮住まいだった。
最低限の家具が置かれた部屋には、まだ開けられていない段ボールがいくつも積まれている。以前暮らしていた家とは、広さも匂いも、窓から見える景色も何もかも違った。
一花は荷物を置くより先に、部屋の隅へ目を向けた。
小さな台の上に、春子の写真が飾られている。その前には線香立てと、母が好きだった菓子がひとつ置かれていた。
「……ただいま、お母さん」
写真の中の春子は、いつものように笑っている。
つい返事を待ってしまいそうになり、一花は唇を噛んだ。
「今日、退院したよ」
ゆっくりと膝をつき、写真へ語りかける。
「新しい家、ちょっと狭いけど……俊介もいるから、大丈夫」
「悠真はまだ眠ったままだけど、お医者さんたちも頑張ってくれてるから」
大丈夫。
そう言葉にするたび、自分自身に言い聞かせているような気がした。
「だから……心配しないでね」
けれど、次の言葉はどうしても明るく言えなかった。
「お母さんがいてくれたらな……」
喉の奥が詰まり、視界が滲む。
一花は写真の前で俯き、しばらく顔を上げることができなかった。
少し離れた廊下では、俊介が黙ってその姿を見つめていた。
声をかけようとしたのか、一度だけ唇が動く。
それでも結局何も言わないまま、俊介は静かにその場を離れていった。
コメント
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うわああ第17話……!!😭💔 一花が“会いに行く”って決めたシーン、めっちゃ胸に刺さったよ…… 俊介の「もう終わったことにしたい」も分かるけど、一花にとってはまだ何も終わってなくて、だからこそ水野に直接聞かなきゃいけないんだよね。 新しい家でお母さんの写真に話しかける場面、涙出た……「お母さんがいてくれたらな」って、ほんとそうだよね。 水野の“助けた”って言葉の真意、私も気になるよ。続きが待ちきれない!!🌸😣