「凄い、負の力……これじゃ、前に進めない」
目の前で渦巻く大きな黒い竜巻を目の前に私達は一歩も前に進めなかった。ヒカリの作り出した光の盾で何とか暴風から身を守っているが、魔力が尽きてしまってはどうにもならない。
目の前にルクスがいるのに、彼に届かないもどかしい気持ちやら、恐怖心やらばかりが膨れあがっていく。
「どうしてルクスが……」
そう隣でルフレが呟く。
ルクスが暴走した原因が分からない私達も、頭を抱えるしかなかった。
双子の弟である彼が、ルクスの心の闇を知っていないなら、暴走の原因になり得た深い黒い寛恕を知らないなら助けようがないと思った。
リースの時は、私と別れたことや私に対する思いを拗らせた結果それを混沌に利用され暴走していた為、彼と和解する形で事なきを得た。だが、今回は全く違うのだ。
(何で関わってないのに、こうなっちゃうのよ)
ゲーム内でもルクスとルフレの事はよくわからなかった。やはり自分より年齢の低すぎる子にはあまり興味が湧かなかったから、彼らのストーリーは一通りクリアしたが、理解が出来なかった。子供がお姉さんに抱く淡い感情のようなものをヒロインに向けていた。というのが本ストーリーだったため、それ以外の情報はない。
もっと双子と関わっていればと思ったが、そもそも貴族なんてそう会えるものじゃないし、攻略キャラといえどもこのゲームには六人の攻略キャがいるわけで、まんべんなく攻略することは、要領が悪い私には出来ない。
なら、ルクスの性格から考えようか。と、私は彼の性格を踏まえ、暴走した理由を考える。
負の感情が暴走するには、必ずその人に心の闇がなければならない。それが大きければ大きいほど強力な力を持ち、暴走する。それこそ自我がなくなるぐらいに。だが、こういう場合、魔力を持ち自分の欲望を叶えようとする人間は、暴走してもその感情だけが残り自我と呼べるか分からないが意思疎通は一応出来る状態にはなる。ただし、こちらの話に耳を傾けようともしない自己中な人間になってしまうが。
(矢っ張り、ルクスの性格から考えて、奴隷商に捕まってボロボロにされたことでプライドが傷ついたとか?)
たった一日しか経っていないのにルクスの姿は異様なまでにボロボロになっていた。奴隷商の奴らに暴行を加えられたのだろう。暗闇では光魔法の威力は半減するし、ルクスはルフレよりも魔力量を持っていたがまだ子供でその扱いには慣れていない。だから、魔法で抵抗しようとしてもそれを抑えられて自分のプライドをずたずたにされたのではないかと思った。それで、暴走を……
そこまで考えたが、私はこの考えを否定した。
いくらルクスであっても、プライドがずたずたにされたとしても、それを私達に向ける必要性はないのだ。彼がその事で傷つき弱い自分を恨んだのなら、奴隷商の奴らがいるときに暴走をするだろう。だから、他に原因があるに違いない。
「ルフレ、本当に分からないの?」
「何が……」
「ルクスが暴走している理由。彼の抱えている悩みとか」
と、ルフレに尋ねてみたが彼は心当たりが全くないようだった。
前々から思っていたが、この双子はお互いの、仕草や口調をまねしてからかったり、そのまねごとを楽しんでいるようだったが、興味関心があるものは全く違った。双子だから一緒でなければならないという意識は彼らの中にあっただろうけれど、やはり成長していくごとにその好きなものは変わっていく。いつまでも一緒、同じではないのだ。
そう思うと、少し寂しく感じた。
それが当たり前なんだろうけれど、それを互いに気付けていないような気がして、心が通じ合っていないようにも見えた。兄弟って難しいし、双子となるとさらに難しいだろう。
「僕は……わかんない。ルクスは悩みなんてなかったはずだ」
そうルフレはいった。確証がないからか、目線は地面に落ち、顔も暗かった。
ルレフもそう感じているのかと、私は竜巻の中心にいるルクスを見た。ルフレも分かっていない悩み。ルフレもルクスのことを理解していなかったんだと。
ルクスはルフレよりもプライドが高いから弱みを見せることをよしとしないだろうし、そもそも彼は弱い自分が嫌いなはずだ。
だから彼が何に対して『憤怒』を抱いているのか分からない。
「本当に分からないの?」
と、ブワッと巻き起こっていた黒い竜巻は消え、トンッと優しい音が鳴ったかと思えば、ルクスがこちらを見て嗤っていたのだ。
「ルクス!」
「ルフレ、近付いたら危ない!」
私の制止を振り切って、ルフレはルクスの方へ走っていった。
ルクスからは攻撃の意思が感じられなかったが、目は冷たく笑っていなかった。その濁った快晴の瞳に私達はゾッとする。
「ルクス、もう大丈夫?」
そう、ルフレはルクスの元へ駆け寄ってボロボロな彼の身体に触れて、ルクスに何度も大丈夫かと問いかけていた。
それをルクスはニコニコと黙って聞いていて、ルフレの言葉には一切何も答えなかった。不気味すぎる。
「ルクス、ヒカリが奴隷商の奴らをぶっ倒してくれたんだよ。だから、もうここに敵はいないから帰ろう」
「…………」
「ルクス?」
ルフレはルクスの手を握って必死に話しかけていたが、ルクスは笑顔のまま動かなかった。
そうして、ようやくルクスの異様さに気づいたルフレは顔を青ざめさせた。だがまだ彼は、奴隷商の人間に何かされたのか、危険な薬でも飲まされたのかと思っているらしく、早くダズリング伯爵家に戻って治療をしてもらわなくては、と彼の手を引こうとした。けれど、ルクスはその場から離れようとしなかった。
「ルク――――ッ!?」
ルフレが彼の名前を呼ぼうとした瞬間、ルクスの左手がルフレの右頬を叩いた。
明らかに、握った拳で殴ったことが分かり私はルフレの元へ駆け寄ろうと立ち上がる。
「エトワール様、ダメです」
「なんで!」
「……危険です」
そう私を止めたのはアルバだった。
彼女はこれ以上言っては駄目だと、首を横に振っている。何がダメなのか、ルフレが殴られたのにと彼らの方に視線を向ける。
ルフレは、何故自分が殴られたのか理解できていないようで殴られた右頬を抑えたままうずくまっていた。そんなルフレの元に歩き、しゃがみ込むルクス。
「僕は、お前の事が大嫌いだったんだよ」
そう、ルクスは冷たい声でルフレに告げた。
いつもの彼とは違い、声音も表情も、まるで別人のようだった。
ルフレはその言葉に驚きを隠せないでいたが、ルクスの言っている意味が分からないといった様子で、嘘だよね。と震えた声で尋ねた。
しかし、その問いに答えることなく、ルクスはルフレの髪を掴んで持ち上げた。
「るく……」
「ほんとだよ? 僕は、ずーっとルフレの事が大嫌いだった」
と、ルクスは先ほどよりも大きな声で彼にその言葉をぶつけた。
ルフレは信じられないとガタガタと口を動かしていて、何か言葉を紡ごうとしているようだったが、その口の端から血が流れ落ちた。
その様子を見て、ルクスはケタケタと笑う。
「何で……」
「何でって、双子って忌み嫌われてる存在じゃん。まあ、僕達の場合はお父様とお母様が優しかったから、生れた環境が恵まれていたからそういう風に感じなかったけどさ……でも、伯爵家を継げるのは一人だし、それにお前と魔力をわけたせいで、僕の本来の魔力はこのまま一生発揮できない訳じゃん」
そうルクスは告げると、目を細めた。
確かに、双子は一人分の魔力をわけて生れてくる。だが、ルクスやヒカリみたいに稀に魔力量を多く持って生れてくる双子がいるらしい。その場合、もう片方は殆どその片割れに魔力を持っていかれるのだが。
ルクスは、魔力量をルフレより持っていながら彼と一緒に生れてきたから自分がえられるはずだった魔力がないといったのだ。そんなのあまりにも身勝手で、我儘なことだと思った。もし、双子じゃなかったとしてもその魔力を持って生れてこれたかは分からないのに。
「……でも、ルクスは」
「そりゃ、僕は魔法がぜーんぜん使えないルフレよりかは魔力量があるよ?でも、今回みたいに一人で奴隷商の奴らを倒せなくて……凄く惨めな気持ちになった」
そう、ルクスはルフレに八つ当たりをするように吐き捨てた。
怒りが籠もっているのが目に見えて分かったし、その怒りは本当に自分勝手なものだと思った。だって、私でも一人で奴隷商のあれだけの人数を相手に出来るかといわれれば、初見じゃ無理だろう。なのに、それをルクスは魔力がないせいにして、それをルフレのせいにして。
そんな風に、暫くルフレを睨み付けていたルクスだったが、彼はいきなり腹を抱えて笑い出した。その笑い方は、私の知っているルクスではなくて、狂気じみたものだった。
「けどまあ、僕が一番滑稽だと思っているのは、怒りを感じているのはお前の兄だって事かな。お前がいなければ、出来損ないのお前がいなければ……お前がいなければ!」
そう、彼は再びルフレの髪を引っ張って怒鳴り散らした。
そうして、彼の髪を掴んだまま顔を近づけた。
今まで見たことのないような恐ろしい顔つきのルクスを見て、私はゾッとした。
それは、アルバもヒカリも同じだったようで、あんな顔子供が出来るのかと言葉を失うほどだった。怒りに満ちた顔。
それでも私はそんなにも怒ることなのかと、怒りを感じることなのかと思ってしまった。怒りも嫉妬も感じるのは人それぞれだろうけれど。
(それでも、弟がいなければってあんまりじゃない?)
お前さえいなければ。と言葉をぶつけられたルフレはどんな気持ちなのだろうか。こちらからじゃ、ルフレの顔は見え無かった。傷ついて泣いているだろうか、それとも彼も兄にそう言われて怒りを露わにしているんだろうか。
「なんで、何でそんなこと言うの……ルクス」
「……はあ?」
ルフレの言葉にルクスは眉間にシワを寄せた。
そして、ルフレに馬乗りになって、胸ぐらを掴みあげた。
私は咄嵯に止めようと足を踏み出そうとしたが、アルバに止められた。
どうして止めるのかとアルバを見上げるが、彼女は私を止めるように腕を掴む力を強めただけだった。多分それ以上近付いたら危ないという意味なのだろうがあのまま放っておいたら本当にルフレはルクスに殺されてしまうのではないかと思った。
「なんで、僕達仲のいい……兄弟だったじゃん」
「…………」
「僕は、ルクスに凄く、憧れてて……いいお兄ちゃんだって思ってた」
だから、何でそんなこと言うの? とルフレはルクスに尋ねた。
ルフレの言葉を受けて、ルクスはしばらくの間黙っていたが、沈黙が続いた後チッと舌打ちを鳴らし彼から離れた。ユラリと立ち上がったルクスの後ろに何やら棘のようなものが伸びる。
「煩いなあ……だから、僕はそう思ってないんだって」
と、ルクスは苛立ちを隠せないようにいう。
揺らめきだした棘らしきものは黒い炎を纏った。そうして、それはルフレの方にもの凄い早さで伸び襲い掛かる。
「もう黙ってよ、鬱陶しいんだよ!」
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