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23 - 第20話:教師のメッセージ

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23

2025年05月10日

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第20話:教師のメッセージ

 放課後、最後のチャイムが鳴り終わったあとも、アサギの教室だけは明かりが灯っていた。


 灰色のスーツに黒いシャツ。

 その上に羽織るジャケットの袖には、擦れたような小さなほつれ。

 アサギ・ミドウ。言語表現史担当――だが、生徒からは“何も語らない教師”と呼ばれている。




 だが、その日。

 教室の片隅に立ったまま、彼はゆっくりと呟いた。


 「……お前たちには、渡しておく」




 ミナトとナナが放課後の図書準備室に呼び出された。

 理由は伏せられたまま、扉の内側、音声記録の届かない場所でアサギが机の引き出しを開ける。


 取り出したのは、一枚の紙と、古い記録チップ。




 「昔、俺も書いてたんだ」

 「お前たちと同じように、“名前じゃない誰か”に向けてな」


 アサギの目は笑っていなかった。

 けれどその言葉には、長い沈黙を割るような熱があった。




 紙には、万年筆の手書き。

 字は乱れている。滲み、消されかけた箇所もある。


 だが、それでも残っていた。


 > 「沈黙は、平和のふりをしてやってくる。

 >  だが本当の平和は、

 >  “心が叫べる場所”のことだと、俺は信じている。」




 ナナがゆっくりと読み上げたあと、静かに言った。


 「……どうして、今まで誰にも渡さなかったんですか」


 アサギは、目を伏せたまま答えた。


 「自分の言葉が“誰かを危険にさらす”って、思ったからさ」

 「俺の仲間は、ほとんど“削除”された。

  記録も、名も、未来も、全部な」




 「でも……お前たちを見てたら思った」

 「“言葉を武器にする奴ら”じゃない。

  “言葉で誰かの居場所をつくる奴ら”だってな」




 ミナトは、その詩をゆっくりと両手で受け取った。

 ナナも、そっと指先でページの角に触れた。


 「これから先、お前たちの言葉はもっと消される。

  監視も、圧力も強くなる。

  でも、それでも書き続ける覚悟があるなら――」


 アサギの視線が、真正面からミナトとナナに重なる。


 「この詩は、お前たちのものだ。

  俺はもう、何も書かない」




 帰り道。

 ミナトは手の中の詩を折りたたみ、胸ポケットにしまった。

 ナナはそれを見て、言った。


 「この言葉、きっと“終わった詩”じゃない。

  “続きを書いていい詩”だと思う」




 その夜、二人は連名で短い詩を投稿した。

 署名はなかった。

 けれど、その言葉の先頭には、アサギが残した冒頭の一節が使われていた。


 > 「沈黙は、平和のふりをしてやってくる。

 >  でも僕たちは、静かに火を灯していく――

 >  それが、言葉でできる抵抗だから。」




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