テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
194
30
あおは@リク募中
91
「甘い! 甘すぎるぞ速中! そんなヌるい旋回じゃあ、ガタルカナルの空に上がった瞬間に後ろを喰われるぞ!」
ラバウルの強烈な日差しの中、坂井一飛曹の怒声が滑走路に響き渡る。
僕と大石は、地上に据え付けられた零戦の操縦席に座り、全身から滝のような汗を流しながら、狂ったように操縦桿とラダーペダルを動かし続けていた。
笹井中尉が未帰還となってから、僕の生活は一変した。
寝る間も、飯を食う暇も惜しんで勉強した兵学校時代。
あの時以上の狂気を以て、僕は今、ラバウルの怪物たちの技術を貪り食うように吸収していた。
「速中少尉、視線が下がっています」
僕の機体の翼の上に、ひょいと飛び乗ってきたのは宮部一飛曹だった。
宮部さんは、僕の首を強引に後ろへと回させる。
「空戦中、敵は常にあなたの死角から狙ってきます。計器を見るのは一瞬です。首がちぎれるほど後ろを警戒し、常に敵の『先』を読みなさい。死にたくなければ、頭を使いなさい」
「くっ、……はい!」
宮部さんの教えは、徹底して「被弾しないため」の、恐ろしいほどに合理的な生存術だった。
一方で、僕の空戦の模擬相手を務める景浦一飛曹のしごきは、文字通りの地獄だった。
空に上がれば、景浦の零戦は容赦なく僕の後ろに回り込み、風防のすぐ近くまで異常接近して威圧してくる。
「どうした新入り! 恐怖で手元が狂ってんぞ! 殺される前に、俺のプロペラを叩き落とすぐらいの気概で操縦桿をひねりやがれ!」
景浦の荒々しい機動に必死で食らいつく。
何度も重力(G)で視界がブラックアウトしかけ、胃液を吐きそうになりながらも、僕は絶対に操縦桿を離さなかった。
悔しかった。もう二度と、誰かの背中をただ見送るだけの無力な子供には戻りたくなかった。
「……速中、少しは戦闘機乗りらしい面構えになってきたな」
夕暮れ時、ボロボロになって地上に降りてきた僕の肩を、西沢一飛曹がすれ違いざまにぽつりと叩いた。
あの「ラバウルの魔王」にそう言われた瞬間、僕の胸の奥で、何かが確かに熱く脈打った。
夜になれば、また宮部さんと並んで、木の幹に結んだロープを引く。
手のひらのマメは何度も潰れて血に染まり、今やガチガチのタコになっていた。
隣で同じようにロープを引く大石が、息も絶え絶えに僕を見る。
「速中少尉、あなた、最近……飛んでる時の目が、宮部さんや景浦さんに似てきましたよ」
「そうか。……なら、まだまだ足りないな」
僕は冷めた珈琲を喉に流し込み、再びロープを強く握りしめた。
鉄は叩かれなければ刃にはならない。
ラバウルの怪物たちに徹底的に叩かれ、研ぎ澄まされていく僕の才能。
この過酷な猛特訓の日々が、僕を激戦の空で「中佐」まで押し上げ、やがて「少将」という伝説へ導くための、確かな土台となっていく。
コメント
1件
「鉄は叩かれなければ刃にはならない」——この言葉が胸に刺さりました。血豆が潰れるほどの特訓の描写が生々しくて、速中さんの必死さが手に取るように伝わってきます。特に西沢一飛曹に「戦闘機乗りらしい面構えになってきた」と言われた瞬間は、私まで熱くなっちゃいました。ラバウルの怪物たちに認められていく成長、すごく応援したくなります。