”―――なんて言ったの?”
その言葉は、そっくりそのままの形で彼への疑問になった。
かすかな街の明かりを背に、碧い瞳は私をじっと見つめていた。
「……レイ、なんで、日本語……」
待って。
……待って、待って。
今のは、少し日本語を話せるようになったから、それで言ってみただけよね?
必死に都合よく解釈しようとするのに、レイはさらに驚きの事実を告げた。
「俺の母親が日本人なんだ。
だから、日本語は初めからわかってたよ」
衝撃が走った。
だって、完全な金髪碧眼の彼を、日本人とのハーフだなんて予想だにしない。
(レイのお母さんが日本人……?)
処理しきれないことが重なって、私の脳内は完全にパニックだった。
「き、聞いてないよ、そんなこと……!」
「そりゃ言ってなかったから。
母親のことはあまり話したくなかったし」
「ひ、ひどい。詐欺だよ……!」
「俺、日本語が話せないなんて一言も言ってないけど」
「今まで一度も話さなかったじゃない……!」
「べつに話さなくてもいい環境だったから。
澪も野田家のみんなも、英語が話せたし」
「じゃ、じゃあ、ずっとわかってたってこと?」
ほぼそうだとは思いつつ、そうでなければいいと、祈るような気持ちだった。
「なにが?」
「私たちの会話だよ」
「ほとんどはね」
(……うそぉ……)
脱力した私は、その場にしゃがみこみそうになった。
どうしよう、そんなの困るよ。
彼に聞かれたくないことがたくさんあったのに。
たとえば、拓海くんとの話なんか――――。
膝の力が抜け、柵に掴まっているのがやっとだ。
そんな私の耳に、レイのため息が聞こえる。
「澪、もういい?」
「え……」
「はやく俺の質問に答えてよ」
レイに見つめられ、私は意識を引き戻された。
……あぁもう、こんなつもりじゃなかったのに。
せめてもの抵抗で、なんとか目を逸らしたけど、うつむいても視界にレイが映ったままだ。
「さっき、なんて言ったの?」
答えを待つふりをして、レイはとっくに答えを確信している。
これじゃ逃げることも、誤魔化すこともできない。
「……もう……。
本当は聞かなくてもわかってるんでしょ。
レイのことが好きなの。
好きって言ったの……!」
いたたまれずやけになって言えば、張りつめていた空気がほどけた。
レイは声を震わせて笑うと、子供をあやすかのように、私の頭に手を置いた。
「よくできました」
それを聞いて、体の芯から熱がこみ上げた。
言ってしまった。
言わされてしまった。
恥ずかしさと同時に胸が苦しくなり、視界がかすかに滲んだ。
……もう、これからいったいどうするの。
先が見えない恋なのに、気持ちばっかり膨らんでしまうよ。
「澪」
レイは頭から手を外し、うつむく私の頬に触れる。
顔をあげるように促され、優しい眼差しとぶつかった。
「俺も澪が好きだよ」
耳には届いたけど、それはまるで夢の中で言われた台詞に聞こえた。
「え……?」
思わず瞬きをすれば、レイは困ったように苦笑する。
「なに、俺も二度言わされるの?」
「えっ……。
ちょっと待って、今なんて……」
現実なのか夢なのかわからない。
困惑する私に、彼は「澪」と、空気をただすように名を呼んだ。
「好きだよ。
澪のことが好きになったんだ」
碧い目が私を見つめている。
風が抜け、彼の髪がかすかに揺れる様子を、動かない瞳が映していた。
「最初は愛とか好意とか、得体のしれないものを本気で信じてるから、見ているだけでイライラしたよ。
だけどだんだん、イライラするのは自分とは違うからで、愛や好意を信じるのは、澪の心が澄んでいるんからだってわかるようになった」
レイが私をどう思っているか、知りたいけど知りたくなかった。
それを今、私はドキドキしながら聞いている。
「さっきのこともそう。
父親の姿を見て、正直どうするのかと思った。
澪にとって辛い現場だったはずなのに、なにもせず父親を見送るし、怒ることもしないし」
言われて駅でのことが頭に浮かんだ。
お父さんは、長年抱いていた私のイメージそのままだった。
傍にいる「家族」を見る目が、とても優しかったから。
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