テラーノベル
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清朗の声が掠れる。
「殿下の隣に立ちたいだけだろう」
縫季は答えない。
「俺を消して、お前が残る」
「それだけだろう!」
声が、部屋に響いた。
清朗は息を吸った。
浅い。乱れている。額の汗が、顎を伝った。
手が震えている。膝が、笑いそうになる。
それでも、立っていた。
縫季を、見ていた。
しばらくして。
清朗の目から、力が抜けた。
怒りではない。別のものだった。
「……でも」
声が、変わった。
掠れて、低くて、震えていた。
「お前は」
清朗の目に、光が滲んだ。
「殿下を、守ろうとしたんだよな」
縫季は動かない。
「子嘉を使うことが何を意味するか、分かっていて」
「それでも」
清朗の唇が、震えた。目から、滲んだものが一筋だけ落ちた。
飲み込もうとした。飲み込めなかった。
「……殿下を、守ろうとしたんだよな」
もう一度、言った。
縫季への問いではなかった。
自分に言い聞かせるような声だった。
縫季は、何も言わなかった。
その沈黙が、肯定だった。
清朗は、息を吐いた。
長く、細く。
笑いそうで、泣きそうで、どちらでもない顔をした。
「……最低だ」
誰に向けた言葉か、分からなかった。
縫季か。自分か。あるいは、両方か。
帝辛は縫季を見た。
「……縫季」
その瞬間。縫季の掌が、冷えた。
冷たいのは皮膚じゃない。骨の奥。『触れてはいけない層』が、こちらを撫でた。
視界の端で、卓の上の竹簡の並びが一瞬だけ揺らぐ。揺らいだのに、誰も気づかない。
縫季は掌を握りしめた。爪が食い込む。
(……寄ってくる)
帝辛の目は、怒っていない。怒っていないのに、深い。
「子嘉を、使ったのか」
「はい」
帝辛は、一拍黙った。
子嘉の名前が意味することを、帝辛は知っている。
あの男が持つ論理を。あの男を動かすことが、何を踏み台にすることかを。
縫季は、それを知っていてやった。
帝辛を守るために。
帝辛の喉が、静かに動いた。
「……お前の判断は」
言葉を選ぶ。
「正しくて、間違っている」
「正しい理由は、分かる」
「だが……私に、言うべきだった」
縫季は頷いた。
「……申し訳ありません」
帝辛は縫季から目を離した。
清朗を見る。
清朗はまだ立っている。框には、もう手をついていない。自分の足だけで立っている。
だが、さっきより顔色が悪い。
「清朗」
清朗は帝辛を見た。
帝辛の顔を見た瞬間、目の奥が揺れた。揺れて、すぐに奥歯を噛んで抑えた。
「ゆっくり休め」
帝辛の声が、柔らかい。
「必ず、また会おう」
清朗は、息を吸った。
長く、深く。
そして、笑った。
今まで殿下に向けてきた笑顔と、同じ形に作った。
「……はい」
声が、少しだけ震えた。震えを、笑顔で隠した。
頭を下げた。
帝辛に。
縫季には、何もしなかった。
清朗は踵を返した。
一歩、踏み出す。
足が、止まった。
止まったのは一瞬だけだ。誰かに呼ばれたわけでも、何かが見えたわけでもない。
ただ、止まった。
それから、また動いた。
扉へ向かう。扉を開ける。振り返らない。
清朗の足は、最後まで止まらなかった。
扉が閉まる。
音が、室内に残った。
◆
帝辛は、しばらく扉を見ていた。
それから、自分の手を見た。
竹簡に触れた指先が、わずかに痺れている。まるで、名が刻まれた瞬間の『重さ』が、いま遅れて届いたみたいに。
一瞬だけ、見た。
それから、目を逸らした。
縫季を見る。
縫季は立っている。何も言わない。
帝辛は、静かに口を開いた。
「縫季」
「はい」
帝辛は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……よく、やった」
それだけだった。
縫季の目が、わずかに開いた。
褒めていない。労ってもいない。ただ、受け取った。
その声だった。
「……失礼します」
縫季が礼をして、扉へ向かう。
扉が閉まる。
帝辛は一人になった。
整っている。整っているのに、胸が整わない。
帝辛は袖口を撫でた。皺が消えない。
(頼むから)
声にはしない。
(どちらも、消えるな)
帝辛は、ただ卓へ向き直った。竹簡の端を、もう一度だけ整えた。
整えても、胸は整わないままだった。
#BL
#ヒューマンドラマ
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コメント
1件
うわあ……第36話、めっちゃ重かった……でも刺さった。 清朗が「殿下を守ろうとしたんだよな」って自分に言い聞かせるように繰り返すとこ、涙腺やばかったわ。あの笑顔を作って震えを隠すところとか、キャラの心情が細かく描かれてて、読んでるこっちも息苦しくなった。 帝辛の「どちらも消えるな」がもう……切なすぎる。この3人の関係性、もっと見たい。続きが気になる🔥