『それは、世界が愛した故にある力だ』
この世界とは、音で溢れている。…いや、比喩表現とかではなくしっかりとした理由で使っている。むしろ、それを比喩表現として使うのは物語か詩人の2択だ。…いや、違うな。この世界って多様性だから。まぁいいや、話を戻そう。この世界は、音で溢れている。風の音、木々が揺れる音、お店の開閉音、人々の声…。音とは自然から生成されるものや人間から生成されるものと色々である。だが、私が言いたいのはそうじゃない。人間の心臓の音、血が巡る音、息を飲む音…。これら全て、私が常日頃から聞いている音である。と、言うのも実は私、世界に愛され力を得た瞬間からこれらの音が聞こえるようになった。世界に選ばれると瞳の色が変わり力を得る、そう聞いていたけど実際選ばれた側になると面倒この上ない。元々黒目だったのに名前通り蒼くなってしまい、2つ名の「楽譜」の名に恥じないようにと言わんばかりに音がよく聞こえるようになった。…いや、ここまで来るとよく聞こえるという部類では無い。初めは音に酔って吐きまくった。二度と吐きたくない。それから人混みを避ける生活が始まり徐々に引きこもっていくようになり考える時間が沢山増えて考えて考えて考えて考えて考えた結果今の人殺しになる。ちなみに引きこもっていたせいで食欲は徐々に無くなり人と話すのも苦手になった。やむを得ない犠牲である。いや元々苦手だったけども。
まぁ、こんな感じに私には色々な音が聞こえる。しかも、よく聞くととても面白い。
心音で緊張しているのか分かる。息の回数で飽きているのか分かる。血の巡る音で健康が分かる。それ以外にも敵の数などもわかる場合もある。音が多い時は要注意である。
そして、たまに人間では不可能な音を出している人もいる。それが、この前の奴だ。恐らく2人で、近距離担当と遠距離担当の銃使いがいるはずだ。相当の手練だ。怖いくらい。暗殺に人生捧げましたって感覚。だけどあの時攻撃してこなかったのはなんでだろう。わざと隙を見せたのに何もしてこなかった。もしかして、雇い主とかいる感じかな?
…正体は気になるけど、命があるに越したこと…。……いや、本当に?私の命なんて無いに等しいのに?…いつからそんな思考を巡らせるようになったんだろ。……考えるだけ、無駄だなこれは。どちらにしろ、二度と会いたくないというのが感想である。
さて、くだらないことは忘れよう!今日は久しぶりに本来の目的である貴族様がパーティーを開くのでそれに乗じてさくっと殺してしまおう。どうやら、新しく傭兵を雇ったらしく浮かれているらしい。相当の手練を安く雇えたらしく自慢げに紹介していたらしい。あの、「調停者」様御用達の傭兵だとか……。まぁ関係ないけど。命がいる人間といらない人間なんて、戦い方以前に思考回路が根本的に違うのだ。死を顧みないだけで、人はきっと強くなれる。私にとって死ぬことは、ただの救いに過ぎない。きっと、他の人から見たら異常なんだろうな。私は、私だけど。
さて、夜になりパーティー会場に行くとパーティーとは思えないほど人が居なかった。さては…友達居ないな?いや辞めよう。私に刺さる。多分刺さる人には刺さる言葉だ。別に友達居なくても人生豊かだよ。うん。そうに決まってる。少なくとも私はそうだ。人生の主役は他の誰でもない自分だ。友達居ないだけで悲しむ必要なんてない。人生楽しんだ者勝ちだ。無理して友達作って破綻するよりずーっとマシだ。胸張って生きようぜ。
……いやこんな話をしに来たわけじゃない。なんでこんなに人がいないんだ?音もしない。……おや、1人だけ、人間の音がする。
「こんにちは、素敵な夜ですね」
そう私に話しかけてきたのは殺す予定の貴族様。ご丁寧に向こうから来てくれたらしい。護衛1人も付けずに……。…いや、違うな。前に聞いた人間とは思えない音が2つ、遠くから聞こえる。……もう二度と会いたくなかったんだけど?
「噂通り、無口なご令嬢だ。噂なんて信用出来ないと思っていたが、中々信用に足るようだ」
ぶっ飛ばしていいかなこの人。…?あれ?なんで私この人の話を律儀に聞いているんだ?さっさとぶっ飛ばせばよくね?
そうと決まれば速戦即決!!やっちゃえ!
……なら、どれほど良かっただろうね。攻撃の素振りを見せた瞬間鈍い音が響いて私の頬に傷がつく。……わお、この距離で当てるのか。あのスナイパー、やるな。
「驚いていただけたかな?今回特別に雇った傭兵でね。いつもは”調停者”様の護衛をしているらしいのだが今回特別に雇う事に成功してな。かの殺人鬼を始末出来たらおつりが出るほどだ」
……なるほど。調停者御用達という噂は本当らしい。でも、忠誠心の欠片すら感じない。
「……喋らない…か。まぁいい。何故、そんなに貴族を恨む?」
喋った所で何も考えていない上っ面な哀れみをするくせに何言ってんだ。やっぱスナイパーなんて気にしないで殺そうかな。さっきのスナイパーのおかげで私の手元には硝子の破片がある。私の力は、音が良く聞こえる事と糸を操れるだけじゃない。
殺人鬼の名前に、もっと血を塗りたくろう。