多分尊さんも、もう少し経ったらお祖父さんについて教えてくれると思う。
でも情報は多いほうがいいし、複数の人から話を聞いて確認できればもっといい。
「貧しさや飢えを知っているから、施しの精神が強い方よ。うちの会社は災害があった時は一番に物資を届けようとするし、炊き出しや募金、子ども食堂などのボランティアも、手厚くやってるでしょ?」
「はい」
自社の情報としては知っていたけれど、会長の個人的な背景を聞くと余計に解像度が上がった。
「その辺りを理解すれば、自然と尊敬の念が生まれるはず。そこを素直に褒めたら、きっと気に入ってもらえるわ」
「はい。教えてくださり、ありがとうございます!」
エミリさんは微笑んだあと、付け加える。
「奥様は……、|蟒蛇《うわばみ》だわ。物凄い酒豪よ。ニコニコしていて品のいいご夫人だけど、たまにパンチの効いた事を仰るの。大企業の会長夫人をしているし、海千山千。ちょっとやそっとでは怒らないけど、その分〝見定められている〟と思ったほうがいいわね。主に会長が話されるから奥様の事を忘れがちだけど、相槌を打つ姿も、座り姿も、飲食する仕草も、ちゃんとチェックされてる」
「分かりました。心得ます」
頷くと、春日さんが拍手した。
「エミリさんは直接会った経験からだろうけど、やっぱり凄い分析力ね」
褒められた彼女は、照れくさそうに笑う。
「そんな事ありません。ちょっとしたアドバイスです」
もう一つ質問したくて、私は挙手する。
「お祖父様は、尊さんを可愛がっていますか? 親子仲については知っていますが、祖父母との仲については知らなくて……」
「そうね、悪くないと思う。息子の不始末については怒っていたけれど、孫世代は何も関係ない、無実だとお考えだわ。尊さんが篠宮家から距離を置いている事について、無理に仲を取り持たないし、突き放さない。彼の意志を尊重してるわ。……ただ、怜香さんの事が明るみになったあとは、罪悪感が深くなったようね。……彼らは善人で常識人よ」
ひとまず、尊さんが祖父母に受け入れられていると知って安心した。
「お陰で、ご挨拶してもうまくやれそうです」
微笑むと、春日さんがニヤニヤして拍手した。
「いいわね、結婚前の挨拶。で、速水さんとはラブラブ? エミリさんも、風磨さんとラブラブ? お泊まりで女子会なんだから、〝そっち〟の話も勿論してくれるわよね?」
そう言って、春日さんはわざとらしくリング状のスナック菓子を指に嵌めて、スポスポする。
……この人、思った以上におっさんだ!
私は思わずエミリさんと顔を見合わせ、「困ったぞ……?」という顔をする。
「『奢ったんだから』アピールはしたくないけど、お代として何か一つエピソードはちょうだいよ。私、そういうのに飢えてるの!」
いい感じに酔いが回ってる彼女は、胡座をかいている太腿を両手でバンバンと叩く。
「……っていうか、春日さんはどうなんですか? ホテル代も払ったって事は、〝そういう事〟してるんでしょう? 私たち、バブちゃんになった男が、どういうプレイをするのか気になってるんですよね~」
エミリさんが水を向けたけれど、春日さんは上を向いて大きな口を開け、生ハムを食べよう……として固まった。
……おや?
春日さんはしばし固まったあと、生ハムを口に入れ、もっしゃもっしゃと食べながら、私たちを見ずに遠くに視線を向ける。
「……何かありました?」
コソッと囁くと、彼女はもんのすごい顔をして私を見てきた。
はい、何かあった顔ですね。
「この女子会でしか吐けない愚痴がある」
エミリさんが何かのキャッチコピーのように言い、キリッとした顔で春日さんにサムズアップしてみせる。
「言いづらい事かもしれないけど、吐くなら今ですよ? すべてここだけの話ですし、外部には広がりません。愚痴を吐くなら今!」
私もテレビショッピングの司会のように畳みかける。
春日さんはしばらく私を見て固まっていたけれど、ガクッと項垂れて呟く。
「………………ないの…………」
「はい?」
よく聞き取れなかった私は、彼女の顔を覗き込む。
すると、春日さんはガバッと顔を上げ、私の両手を掴んで訴えかけてきた。
「してないの!」
「はい!?」
「セックス! してない!」
春日さんはこの世の終わりみたいな顔をして白状したあと、「ああああああ……」と呪いのビデオから出てくるような声を上げて私に寄りかかってくる。
エミリさんはオリーブをポンと放って口でキャッチし、冷静に言う。
「ド下手だったんですか?」
彼女はエミリさんに助けを求めるような目を向けてから、私の手を握ったままボソボソと話し始めた。
コメント
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ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙😭💦 だね。 でもソコ、無理しなーい*˙︶˙*)ノ"