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守満《もりみつ》に促された晴康《はるやす》は、フムフムと、意味深に頷きながら、房《へや》の入り口に尻もちをついている、上野の側に行った。
「晴康殿!手をかしてくださいっ!!」
上野は、袴にじゃれついてくる、タマを追い払う事に必死だった。
「あれ、上野様は、本当に犬が苦手なようですなぁ」
「は、はやく、タマをっ!退けてくださいっ!」
一方、兄の常春《つねはる》は、タマが、かじった書物を胸に抱き、この世の終わりかのような悲痛な叫びを挙げながら、床に突っ伏している。
「こちらは、こちらで、また、大変だこと」
晴康は、起こっている状況を傍観している。
「あらあら、タマは、悪い子ね」
守恵子《もりえこ》が、眉をしかめて、飼い犬を叱るが、タマには、当然、通じない。
「うーん、護身用なのか、邪魔なだけなのか、どっちなんでしょうか?この犬は」
晴康のつぶやきに、守満が、含み笑う。仮にも、妹、守恵子が可愛がっている犬。そう邪険にもできない。
「では、仕方ない」
晴康は、言うと、上野にじゃれついている、タマを抱き上げ、そのまま、宙に放り投げた。
「うそっーーーー!晴康殿!」
「ちょっと待った!晴康よっ!」
「きゃあ!タマ!」
「……しかし、なんで、犬なのに、タマなんですかね?」
「おー!秋時《あきとき》様、鋭いですなっ!」
晴康に、褒められて、秋時は、それほどでもと、にやけた。
そんな、皆が驚くさなか、宙を舞うタマは、ゆるりと胴をひねり、床にストンと着地する。
「さあ、しっかり、ご主人様をお守りなさい」
晴康の言葉が、分かったのか、タマは、のそのそと、几帳の後ろに座る守恵子の隣に行くと、そのまま、静かにうずくまる。
「えええーーーー!」
守満、上野、秋時、そして、突っ伏していた常春も顔を上げ、叫んだ。
「まあ!!!タマ、なの!」
守恵子の、脇にうずくまるのは、子犬ではなく、虎だった。
「晴康!早く、早く、どけろ!」
焦る守満に、晴康は、
「これくらいでないと、ふらち者には、勝てないでしょ?」
と、あっけらかんと言い放つ。
「確かに、そうね。これだけ、大きければ、皆、逃げ出すわ、ねえ、兄上?」
「守恵子!お前、分かっているのかっ!それは、それは、虎だぞっ!」
「はい。でも、タマですもの」
守恵子は、虎の頭を撫でながら、微笑んだ。